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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter10,『亡霊と幾多の想い』
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376,

「……!」


 うかがうように小首をかしげるイツキ。天音は小さく息を吸い込んで――おずおずと彼に抱きついた。


「……」


「うわ、撫でづら……絶対アザレアに怒られるな」


 ヘッドドレスを半ば強引に外しながら、イツキは天音の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。


「お前にしてはよくできてたと思う。“精霊の加護(プロテクション)”も暴走しなかったし」


 心音は聞こえないが、身体を通してくぐもった声の伝わり方は人間のそれだった。


「……『お前にしては』は余計」


「はいはい。よく頑張ったな――えらいよ」


 声色が柔らかい。きっと紅い目は優しい色をしている。温かさの欠片もない大きな身体にぎゅっとへばりつくと、頭の上から吐息混じりの微笑みが聞こえた。


「やっぱ無理してたんだ」


「あんなの私じゃないです。私あんなに大人じゃありません」


 むっと曲がった唇。腕の中でぼんやりと力を抜く天音のそれをムギュッとつまむと、彼女はますます顔をしかめた。


「ひゃめてくらはい」


「そうだな……こっちのほうがお前らしい」


 綺麗なドレスで着飾るのもいいが、機械油(グリス)で汚れたエプロンのほうが好きだったりする。華やかなヘッドドレスも髪を撫でるには邪魔だ。


「馬鹿にしてますね? 子供っぽいって!」


「……こっちのほうが好きだって言ってるんだよ」


 微笑んでみせれば天音は顔を真っ赤にして黙り込む。感情が薄くてよかったと心底思っている。

 ――つられて赤くなっては目も当てられない。


「そ……そういう……もー、なんで……」


 うろうろと泳ぐ蒼い目。行き場をなくした細い手。腹の底から暖かい何かが湧き上がる。

 午後の伸びた影が大きな(ボーダー)の影に飲まれて、帰るべき場所に到着したことを告げた。



<><><>



 大理石のエンタシス。青白い影の色は白昼夢のように現実味がない。

 天音はいつものように夢の中で目を開けた。


『みんなで集めたんだよ!』


『これも! これもあげる……』


 柱に囲まれた広間のような場所だった。天井に描かれた精緻な絵画は、毎晩見ているからもう見飽きた。

 そんな場所の真ん中に人が集まっている。ちょうど大学園(アカデミー)の初等部にいるような子どもたちで――ただ、身につけている服や装飾品がやたらと古めかしい。


『こんなにたくさん僕にくれるの? うれしいなぁ、ありがとう』


 そして、そんな子どもたちの真ん中に座っているのは、あの蒼い目の女だった。


『ユリの花だ。綺麗だね』


『ソル様に似合うと思ったんだ』


『“太陽の御方”、こっちもどうぞ』


 ――ソル……“太陽の御方”……


 こういう場面を何回かこの夢の中で見ている。周りにいたのは大人だったことも兵士だったことも、もちろん今みたいに子どもたちだったこともあるが、一様にみな人間だった。そして、その中心にいる蒼い目の女は“ソル”と呼ばれている。


『みんなありがとう……ねえ、』


 ソルの笑顔は優しく、溢れんばかりの慈愛に満ちている。そんな表情がふっと揺らいで、後ろに垂れた長い白銀の三つ編みが揺れた。


『**がどこに行ったか知っている?』


『……**様?』


『“――の御方”?』


 ――いつもこうだ


 ソルはいつもこの人物(・・)を探している。姿も見たことがない、名前すらもよく聞き取ることができない人物。霞がかったようにぼやけて、この名前は夢の外に持ち出すことはできなかった。


『わからない』


『またどこかに行っちゃったみたい』


『そう……彼にもこの花を分けてあげたいのだけれど』


 ソルはそう言ってまた華やかに微笑む。が、子どもたちの表情は複雑そうだ。

 ――まるで、



『帰してよ』



 しかし――そんな思考の最中、不意にソルがこちらを振り返る。その目に認識された瞬間、


「っ……うっ!」


『かえせ、』


 青白い影が濃くなる。彩度が落ちた空間に、もう子どもたちの姿は無い。

 ただ、ソルの腕が天音に伸びて――天音の首をギリギリと締め上げてくる。


「や……めてっ」


『返せ……帰せ、還せ、かえせよ!』


 夢の中であるはずなのに、ソルの細い腕に与えられる苦痛ははっきりと天音を苛む。ガラス玉のように無感情なソルの瞳に恐怖が止まらなくなる。


『僕を……かえせ。かえせ……帰りたいんだ!』


「だ、れ……なの?」


 ――あなたは誰なの?


 天音の問いかけに答える声はない。ただ、朦朧とする意識の中で



『**を、かえしてよ……』



 今にも泣きそうな声でそんな言葉が聞こえるだけだった。

Chapter10,『亡霊と幾多の想い』はこれで完結になります。

天音と巫剣家の確執――をダシに天音とイツキがイチャイチャするお話でした。箸休めで軽く書けて軽く読めるお話にしようと思ったのですが、思ったよりも重い話になってしまいました。次章も重いです。

ここまでお読みいただきありがとうございます。これからも頑張っていきますので、最後まで応援をよろしくお願いします!

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