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「……!」
うかがうように小首をかしげるイツキ。天音は小さく息を吸い込んで――おずおずと彼に抱きついた。
「……」
「うわ、撫でづら……絶対アザレアに怒られるな」
ヘッドドレスを半ば強引に外しながら、イツキは天音の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。
「お前にしてはよくできてたと思う。“精霊の加護”も暴走しなかったし」
心音は聞こえないが、身体を通してくぐもった声の伝わり方は人間のそれだった。
「……『お前にしては』は余計」
「はいはい。よく頑張ったな――えらいよ」
声色が柔らかい。きっと紅い目は優しい色をしている。温かさの欠片もない大きな身体にぎゅっとへばりつくと、頭の上から吐息混じりの微笑みが聞こえた。
「やっぱ無理してたんだ」
「あんなの私じゃないです。私あんなに大人じゃありません」
むっと曲がった唇。腕の中でぼんやりと力を抜く天音のそれをムギュッとつまむと、彼女はますます顔をしかめた。
「ひゃめてくらはい」
「そうだな……こっちのほうがお前らしい」
綺麗なドレスで着飾るのもいいが、機械油で汚れたエプロンのほうが好きだったりする。華やかなヘッドドレスも髪を撫でるには邪魔だ。
「馬鹿にしてますね? 子供っぽいって!」
「……こっちのほうが好きだって言ってるんだよ」
微笑んでみせれば天音は顔を真っ赤にして黙り込む。感情が薄くてよかったと心底思っている。
――つられて赤くなっては目も当てられない。
「そ……そういう……もー、なんで……」
うろうろと泳ぐ蒼い目。行き場をなくした細い手。腹の底から暖かい何かが湧き上がる。
午後の伸びた影が大きな壁の影に飲まれて、帰るべき場所に到着したことを告げた。
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大理石のエンタシス。青白い影の色は白昼夢のように現実味がない。
天音はいつものように夢の中で目を開けた。
『みんなで集めたんだよ!』
『これも! これもあげる……』
柱に囲まれた広間のような場所だった。天井に描かれた精緻な絵画は、毎晩見ているからもう見飽きた。
そんな場所の真ん中に人が集まっている。ちょうど大学園の初等部にいるような子どもたちで――ただ、身につけている服や装飾品がやたらと古めかしい。
『こんなにたくさん僕にくれるの? うれしいなぁ、ありがとう』
そして、そんな子どもたちの真ん中に座っているのは、あの蒼い目の女だった。
『ユリの花だ。綺麗だね』
『ソル様に似合うと思ったんだ』
『“太陽の御方”、こっちもどうぞ』
――ソル……“太陽の御方”……
こういう場面を何回かこの夢の中で見ている。周りにいたのは大人だったことも兵士だったことも、もちろん今みたいに子どもたちだったこともあるが、一様にみな人間だった。そして、その中心にいる蒼い目の女は“ソル”と呼ばれている。
『みんなありがとう……ねえ、』
ソルの笑顔は優しく、溢れんばかりの慈愛に満ちている。そんな表情がふっと揺らいで、後ろに垂れた長い白銀の三つ編みが揺れた。
『**がどこに行ったか知っている?』
『……**様?』
『“――の御方”?』
――いつもこうだ
ソルはいつもこの人物を探している。姿も見たことがない、名前すらもよく聞き取ることができない人物。霞がかったようにぼやけて、この名前は夢の外に持ち出すことはできなかった。
『わからない』
『またどこかに行っちゃったみたい』
『そう……彼にもこの花を分けてあげたいのだけれど』
ソルはそう言ってまた華やかに微笑む。が、子どもたちの表情は複雑そうだ。
――まるで、
『帰してよ』
しかし――そんな思考の最中、不意にソルがこちらを振り返る。その目に認識された瞬間、
「っ……うっ!」
『かえせ、』
青白い影が濃くなる。彩度が落ちた空間に、もう子どもたちの姿は無い。
ただ、ソルの腕が天音に伸びて――天音の首をギリギリと締め上げてくる。
「や……めてっ」
『返せ……帰せ、還せ、かえせよ!』
夢の中であるはずなのに、ソルの細い腕に与えられる苦痛ははっきりと天音を苛む。ガラス玉のように無感情なソルの瞳に恐怖が止まらなくなる。
『僕を……かえせ。かえせ……帰りたいんだ!』
「だ、れ……なの?」
――あなたは誰なの?
天音の問いかけに答える声はない。ただ、朦朧とする意識の中で
『**を、かえしてよ……』
今にも泣きそうな声でそんな言葉が聞こえるだけだった。
Chapter10,『亡霊と幾多の想い』はこれで完結になります。
天音と巫剣家の確執――をダシに天音とイツキがイチャイチャするお話でした。箸休めで軽く書けて軽く読めるお話にしようと思ったのですが、思ったよりも重い話になってしまいました。次章も重いです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。これからも頑張っていきますので、最後まで応援をよろしくお願いします!
 




