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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter10,『亡霊と幾多の想い』
374/476

374,

<><><>



 ――あの子が羨ましかった。


 私は分家当主の一人娘でありながら誰からも望まれなかった。

 巫剣絃夜の愛妾の子で、さらには跡取りになれない女で。後に『高貴なる人々(アリストクラシー)』の古い掟が廃れ女が家を継ぐことができるようになってからも――私の存在は誰からも、両親からも望まれなかった。


 でもあの子は違った。

 ――巫剣 天音

 彼女は本家当主の一人娘だった。

 ちゃんと結婚してちゃんと愛し合った夫婦の間に生まれた――ちゃんとした血の後継者。不完全で忌まわしい私なんかとは全然違った。


 あの子が羨ましかった。

 中枢区(ヌークリアス)に似つかわしくない質素な屋敷。狭い庭に溢れんばかりの薔薇。


 ――『ああいうのを“出来損ない”というんだよ。今の本家は巫剣家にふさわしくない。嘆かわしいことだ』


 父はいつもそう言って、ああはなるなと私に繰り返した。厳しい人だった。将来は自分が巫剣家を統べるのだと画策し、私にもその一端を担わせようとしていた。

 出来損ないになったら、父にも棄てられてしまう。出来損ないは幸せにはなれない。


 ――じゃあなんで、


 小さな庭。溢れかえる薔薇の花の隙間から――あの子をいつも見ていた。

 賑やかな笑い声。そう、どんなときもそこから見える景色はきらきらと輝いていた。私とは何もかも違った。

 出来損ないは幸せにはなれない。


「じゃあなんで、」


 出来損ない(あの子)のほうが私よりも幸せそうなの?



<><><>



「……私だって、好きで本当の家族から離れたわけじゃないんですよ」


 空き部屋の明かりをつけたユリアが振り返る。天音の真剣な蒼い瞳がじっと彼女を見つめていた。


「私の両親は、殺されました。あなたの父親に」


「っ……」


 ――国家反逆罪で死罪となった天音の両親の話は有名だ。前の大元帥と絃夜が二人の処刑を命じたが――結局それは冤罪で、本当に罪を犯していたのは処刑を命じた方の二人だった。


「この前も話しましたが、あなたの父親の事を私は許すことができないんです。それだけじゃなくて、一人ぼっちになった私に手を差し伸べてくれなかった分家の人たちのことも」


「……」


「もう何年も前の話ですけど――たぶん私は、一生あなたたちを許すことはできません。だから、」


「――貴女はもう、帰ってきてくれるつもりは無いんですね」


 ユリアの沈んだ声は――何故か嘲笑に変わった。目を丸くする天音にユリアはそっと顔を上げる。


「私はずっと、貴女は恵まれているのだと思っていました。貴女は私が持っていないすべてを手にしている。貴女なら巫剣家の愚かな者たちをまとめ上げることができるのだろうと……ずっとそう思っていました。」


「私、そんなに大層なものじゃないです」


 天音は思わず困ったように眉を下げる。その表情はあのときの冷たいものとはまるで違った。


「父の罪で貴女が何を思ったのか、私はまったく考えなかった。でも私は貴女を利用したかったんです」


 女だから、若いから――妾腹の子だからと舐められてまともに相手もされない。今まで積み上げてきた努力がすべて無駄になった気がして、それがたまらなくつらくて。

 自分の後ろ盾を作りたくて天音に縋った。


「貴女がいればどうにかなるだろうと、貴女の気持ちなんかお構い無しでした。私は無礼者ですね」


「……正直、あなたに言われたことに結構傷つきました。本当に戻るつもりは無いんです」


「ごめんなさい」


 気がつくと謝っていた。天音は少し驚いたようにユリアを見つめている。――きまりが悪くなって、ユリアはまた笑うことしかできなかった。


「弱いですね、私は。巫剣家のトップに立とうだなんて――もしかしたら馬鹿げたことだったかもしれない」


「……」


「それでも、私はもうここで生きると決めてしまいました。弱かろうがなんだろうが、この意思を曲げるつもりは無いのです」


 ここからどうすればいいのかユリアはもう考えることができなかった。


 ――また一からやり直すべき……なのよね


 なににも頼らず、一人で。果たしてそんなことができるのだろうか


「ユリアさん」


「?」


「一つ、提案があります」


 しかし、そんな彼女に助け舟を出したのは他でもない天音だった。

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