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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter10,『亡霊と幾多の想い』
373/476

373,

 蒼い流し目はぞっとするほどに冷たかった。微塵も動かなくなった空気の中で、天音はユリアに目配せをする。彼女の表情はあくまでも静かで、どこか余裕があって――この前訪ねていったときとは全く違った。


「……ユリアさん?」


 思わず黙り込んでしまったユリアの顔を天音は覗き込む。ユリアは慌てて顔を上げた。


「すみません、私としたことが……改めまして、ようこそいらしてくださいました」


 ――チャンスだ


 またとないチャンスだった。普段まったく言うことを聞かない分家の古狸共も、今は静かにユリアと天音を見ている――他でもない本家当主の指示で。

 虎の威を借る狐でもなんでもいい。こんな機会を逃してなるものか。


「天音さんをお呼びしたのは、此度の事を機に巫剣家の今後について話し合うためです。一族の今後について、本家当主なら良い導きをしてくださるはずです」


 ユリアの言葉に静かな観衆の中から一つ、また一つと賛同の声が上がる。天音の凪いだ表情に変化はない。ユリアは堪えきれずに唇の端を持ち上げた。


「他の者たちも本家当主の……」


「一つ、よろしいですか」


 しかし、ユリアの言葉は不意に天音によって止められる。ユリアがなにか言う前に天音は次の言葉を継いでいた。



「この前もユリアさんにはお伝えしたのですが――私は巫剣家の人間ではありません。まして、本家当主などという大役を務める気もありません」



 再びざわりと囁き声が膨らむ。ユリアは呆然と佇んで――唇を噛んだ。


 ――なんで……


 囁き声の中から、再びあの恰幅のいい男が声を上げる。


「あ、天音様? なにかの間違いにございましょう、貴女は正当な巫剣の……」


「事情があり、姓はまだ巫剣と名乗っておりますが……私はユーリ・アクタガワの正式な養女です。養子に入るときに巫剣家とは縁を切っています」


 証拠なら戸籍を調べていただければわかりますが。と首を傾げる彼女はいまだに無表情だった。その威圧感にたじろぐ男を置いてユリアがのろのろと口を開く。


「どう、なさるおつもりなのですか」


 低められたその声は、溢れ出しそうななにかを必死に閉じ込めているようだった。天音は小さく息を吐きだして答える。


「今この場で、私が本家の当主では無いことと巫剣とは縁が切れていることをはっきりと宣言しておきます。その上で――巫剣家の家督が分家当主であるユリアさんであること、今後一族の運営に関してはユリアさんが取り仕切ることを皆様にも理解していただきたい」


 ざわめきは最高潮に達していたが、不思議と天音の声は部屋の隅々にまで響き渡っていた。天音の意思が固いのは誰の目にも明らかだった。


 ――誰が当主だろうと


 ――変わらない


 ――どちらについてもただの小娘だ


 ――血の問題だ。絃夜の娘は……しかし、


 そんな声が聞こえてくるようだった。


「……貴女は、自らの責務を放棄するおつもりですか?」


 気がついたら言葉が口を突いていた。震えが止まらない。目の前に佇む白銀の髪の少女は、どこか超然と自分(ユリア)のことを見ている。

 冷静さを欠いたユリアが彼女の蒼い目に映っていた。


「巫剣の……本家の血を引くものでありながら! 貴女はこの家を離れてのうのうと……っ」


『ユリアさん、聞いて』


 しかし――覚えのあるあの身体を締め付けるような圧力がユリアを黙らせる。目を見開いた彼女を天音はじっと見つめていた。


「ここでは駄目です」


 ――ここでは感情を爆発させてはならない


 言葉の端に含まれた意味に、ユリアははっと口を閉ざす。


 ――ここでは感情を爆発させてはならない

 周りで見ているのは、みんなあなたの家族()だ。

 蒼い目は一見穏やかで――その内側に焦りのようなものがあった。ユリアを止めるために必死で、まるでそれは、


「ユリアさん。二人で話がしたいです――よろしいですか」


 天音は部屋の出入り口を見やる。ふっと身体を開放される感覚に、ユリアは息を吐きだして――


「……わかりました」


 深くうなずいた。

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