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明けましておめでとうございます!『英雄譚』連載開始から二回目の元旦です。今年も秋斗の小説をよろしくお願いします!
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煌々と輝くシャンデリア。大理石の床には毛足の長い赤い敷物。
富の象徴を集めた絵に描いたような屋敷の様相に、冬馬は心のなかでため息をついた。
――馬鹿馬鹿しい
自己顕示欲の塊だ。反吐が出そうな甘ったるい香水の効いた空気を吐いて、冬馬は一人窓際に佇む。葬式だと言っているのに華やかなドレスを着込んだご婦人とか、自分の稼ぎについて大声で自慢する恰幅のいい紳士とか――そういうものに交じるくらいなら、もういっそこのままここで突っ立ってやり過ごそうか。
そんな冬馬の考えは通用しなかった。
「来てくださったんですね、冬馬叔父様」
「……これはこれは、ユリア嬢ではありませんか」
繕った冬馬の笑顔に皮肉を感じたのだろう。ユリアの少し不機嫌な表情に、冬馬は微笑んだ。
「いや、失敬。分家当主に対する物言いではありませんでしたね」
「――立場をわきまえてください。貴方もまた、巫剣の人間であるはず」
「わかっております」
へらりと笑う彼の表情は普段は見せないものだ。大学園の生徒たちの前ではもっと自然にありのままで振る舞う。――家族とは、一体何だったのだろう。
「それにしても、絃夜さんが亡くなるとは……心からお悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます、叔父様。父も喜ばしく思うことでしょう」
感情の一つもこもらない殺風景な会話。どこか疲れた表情のユリアにとって、この受け答えももう何十回目なのだろう。心の内で彼女の苦労を苦笑しながら冬馬はあたりを見回した。
「錚々たる顔ぶれですね」
「父を弔うためにいらしてくださったのです。ありがたいことです」
――『面倒くさい……老害共のお守りをするのは』ってところかな
平坦な表情と口調に冬馬は今度こそ苦笑してしまう。ユリアの訝しげな顔に彼は声を低めた。
「嫌々やっていることが顔と声に出ています。気をつけないと、足元を掬われかねませんよ」
「……」
「忠告はしました。私はそんなことしませんけど、他の人はわかりませんからね」
年下相手に飄々としている風を装う。ユリアはしばらくじっと冬馬を眺めていたが――
「ご忠告どうも」
ただそれだけを答えた。
がやがやと騒がしい。そこかしこで聞こえる会話の切れ端は、そのほとんどが先代分家当主の遺産についての話である。
「……」
ユリアの表情は優れない。虎視眈々と父親の遺産を狙う人間たちにいい顔をできないのは当たり前だろう。
じっと無言になったユリアと冬馬を置いて、香水でむせ返った空気は騒がしかった。
騒がしかったが――その喧騒は、不意に現れた人物によって打ち切られた。
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「……え」
ユリアが小さく息を呑む。冬馬も、その人物の登場に目を丸くした。
「あれって……」
「――まさか、冬樹さんの」
「嘘でしょう? だって、まだほんの子供、」
「ごきげんよう。お久しぶりでございます」
少しざわりと揺らいだ空気がしんと静まる。その年の少女にしては低めの声が、大きくはないのにいやに部屋に響いた。
「お手紙、ありがとうございました。心よりお悔やみ申し上げます、ユリアさん」
「……天音さん」
ユリアをひたりと見つめる、その蒼い目は冷たく凪いでいる。ユリアの言葉に再びざわりと空気が揺らいだが、ヒソヒソとした囁き声にも耳を貸さず、天音はただそこに立っていた。
「これはこれは……本家の血を引くお方、冬樹殿のご息女ではありませんか!」
卑しい囁き声の中から一人の男が出てきて仰々しく頭を下げる。恰幅のいい中年の男だった。
それを皮切りにあちらこちらから声が上がる。
「お美しくなられましたなぁ、天音様!」
「素晴らしい、この場でお目にかかることができるとは」
「是非こちらでお話を……」
蜂の巣をつついたような喧騒に呑まれる。ユリアは一瞬呆けて、しかしすぐに声を張り上げた。
「せ、静粛に!」
しかし、一向に喧騒が止む気配はない。いつものことだが――ユリアはうつむいて表情を歪める。すると、それを一瞥した天音がすっと右手を上げた。
「「……」」
途端に部屋の中が静かになる。はっと目を上げたユリアを見もせずに、天音はふっと息を吐き出した。
「身の程をわきまえてください。分家当主のお話もまともに聞けないのですか」




