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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter10,『亡霊と幾多の想い』
370/476

370,

<><><>



「……俺が呼ばれたのは、また天音の護衛をするためか」


「ああ。今日一日外周警備の仕事は入れていない。先生をよろしく頼むぞ」


 ――天音が手紙を受け取ってから数日後。イツキとローレンスは薄暗い廊下を並んで歩いていた。


「ところで……さっきからどこに向かっているんだ。天音の工房はこっちじゃない」


「アザレアの部屋だ」


「は?」


 予想外の答えに首を傾げるイツキ。ローレンスは苦笑した。


「行き先が巫剣分家の屋敷だってことはわかっているな?」


「ああ。天音本人から聞いている。あいつも災難だな」


 わずかに細められたイツキの目を横目で見てローレンスはうなずく。


「まったくだ。――で、『高貴なる人々(アリストクラシー)』の葬式だからそれなりの格好をしていかないといけないだろうってアザレアが気を回してな。シオンと二人で……なんというか」


「着せ替えている?」


「……有り体に言ってしまえばそうなる」


 ローレンスのしかめっ面にイツキはすべてを把握したらしい。どこかつまらなそうに息を吐き出した。


「こういうことに関して、女という生き物は容赦がない。天音はもみくちゃだろうな」


「葬式なんだから着飾る必要はないと僕は思うんだが――よくわからないな」


 そんな会話をしている間に、ボーダーの中でも“兵器”たちの宿舎になっている場所に着く。“兵器”たちが仕事で出払っているこの時間帯はこの場所は静かで物音がすることすら珍しい。

 そんな場所にも関わらず、賑やかしい話し声が一枚のドアの向こうから聞こえてきた。


『駄目だよアザレア。絶対こっちのほうが先生には似合うんだから』


『否定しませんけれど……こっちのほうがいいわ、シオン。『高貴なる人々(アリストクラシー)』の中に放り込まれるなら、もういっそこのくらい華やかじゃないと』


『え、だってアキにいはこういうのが流行ってるって……』


『――なんであの男のアドバイスを鵜呑みにしたのですの? あんなの半分だって役に立ちませんわ』


 二人分の会話と衣擦れの音。――中で着せ替え人形になっているであろう人物の声が聞こえてこないあたり、イツキの想像通りに物事は進んでいるらしい。


「あー……すみません? そろそろ出たほうがいいと思うんですが?」


 ローレンスが気まずげにドアをノックして呼びかける。背後でじっとその様子を傍観しているイツキをちらりと睨んだ彼の横で、細くドアが開いた。


「もーちょっとだけいい? あとね、髪をいじるだけなんだ」


 顔をのぞかせているのはシオンだった。イツキはふんと鼻を鳴らす。


「うだうだしていると今日が終わるぞ? さっさとしろ」


「わかってるよぉ……」


 不服そうにドアを閉める音が廊下に響いて、途端に部屋の中からも声がしなくなった。ドアの向かいの壁に背を預けてイツキとローレンスは黙ったまま待っている。

 ――そんな時間は、五分も続かなかった



「……おまたせですわ〜」


「う……ぅ」


 ぱっとドアが開いて中から満面の笑みを浮かべたアザレアが出てくる。その後ろから呻きながら出てきた天音は――


「なるほど、そうなったか」


 微塵も表情を変えないイツキとは対照的にローレンスは目を丸くする。

 黒のベルベットが艷やかなドレスに、布の黒薔薇があしらわれたヘッドドレス。黒いパンプスから手袋の先まで、美しいが一分の隙もなかった。


「なんだか……えっと、貴族のご令嬢みたいですね」


「あら、先生は元々ご令嬢なのですわ。どう? 可愛らしいでしょう」


 ローレンスの言葉を一蹴してアザレアは胸を張ってみせる。が、その反面天音は不安げだった。


「大丈夫……でしょうか。あまり似合わないと思うんですけど」


「ええ? 似合ってるよ先生」


 シオンの屈託のない笑みに、天音は視線を彷徨わせる。しかし、アザレアは不敵に微笑んだ。


「自信が肝心ですわよ、先生。しゃんと背筋を伸ばして、綺麗な所作を心がければ自ずとそういう服装は似合うものですの」


「……」


 顔を上げた天音にアザレアはニヤリと唇の端を歪める。その表情は、まるで獲物を見つけた猫のようだった。


「だって、綺麗なドレスも、髪飾りも所作も――すべては先生を守ってくれる武器であり鎧ですわ。怖がらなくても、先生はその使い方を知っている。先生は『高貴なる人々(アリストクラシー)』ですもの」

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