37,
そのまま、イツキは天音の目の前に歩み寄る。天音は彼を見上げた。
「闇雲に探すより、俺を連れてったほうが早い。――どうだ?」
「――まあ、確かに」
そして、天音はため息をついた。
「分かりました、一緒に来てください……。万一、元老院に怒られたら、あなたも一緒に謝ってもらいますけど」
「やむを得ないな」
真面目くさったイツキの返答に、天音は苦笑いする。
「無茶はしないでくださいね。――少なくとも、市街地で戦闘行為だけは、絶対にやめてください」
「善処する。……向こうが何もしてこなければ、な」
不安の残る言葉に、天音は顔をしかめた。が、すぐに何かに気づいたように、その目を見開く。
「あ、でも」
「あ?」
困ったように眉を寄せる天音を、イツキが見下ろす。
「“旧型機”って……みんな知り合いなんですよね?」
「ああ。だからついて行こうと言っている」
「それって――あなたが相手のことを見てわかるように、向こうもあなたのことを見てわかるんじゃ……」
「……」
天音の言葉に、イツキは不機嫌に眉を寄せた。
「そこまで考えてなかった」
「ですよね」
天音はうなずく。
「でも、それだと困るんですよね……。せっかく、こちらだけが相手の状況を把握している優位な立ち位置にいるのに」
うーん。と天音は小さく呻いて、イツキをちらりと見上げる。彼も黙ったまま、眉を寄せていた。
現代の技術では絶対に作れない、見間違えるほどに精巧に人の形を模した機械。表情も、肌の柔さも、体のつくりそのものも。確かに外面を見ただけでは人間に紛れ込んでいても見つけ出すことはきっと出来ないだろう。
――アレさえなければ、ほんとに分からないかも……
天音は、彼の喉元で鈍く光を放つ、紅い宝石を見つめる。
彼が人間でないことを示す、唯一の証拠――
「……そうだ、これだ!」
不意に天音が背伸びをして、イツキの首元を覗き込む。イツキは驚いて目をみはる。
「なん、だよ……」
「私が、あなたの“本体”を持ち歩けばいいんですよ!」
アーティファクトはたいてい、現身を消すことができる。
なら、イツキと初めて会ったときのように、“本体”のみで持ち運んでしまえば?
「――なるほど」
イツキははっとしたように目を瞬かせる。が、その表情はすぐに曇った。
「でも、“本体”の形状も、どうせバレてるぞ」
「本来、触っただけで命がなくなる精霊護符を――こんなどこにでもいるような小娘が身につけているなんて、誰が思うでしょうか?」
天音はニヤッと笑って見せる。イツキは呆気にとられたように彼女を眺めていたが、やがてふっと力の抜けたように微笑した。
「今、一番現実的な手段は――それしか無いか」
そう言うと、イツキは天音に向かって手を差し出す。
「?」
「手を出せ。できれば利き手がいい」
イツキにそう言われ、天音は首を傾げつつも、右手を手のひらを上にして差し出す。その手の上に、イツキの手がそっと被さるように置かれた。
と、
「わ、」
イツキが纏う空気がゆらりと揺らいで……彼の姿が、跡形もなく消える。
そして、天音の右手には――
「……この仕組み、どうなってるんだろう」
あの精霊護符が、紅く鈍い光を保ったまま乗っていた。