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「おはようございます、旦那様」
「おはよう藍崎。今日もまた寒いね――年々、冬が来るのが早くなっているのを感じるよ」
中枢区郊外。こじんまりとした邸宅の一室で、カーテンを開け陽の光にそっと目を細める。冬馬は後ろからかけられた声に振り返って微笑んだ。
「まったくでございます。今年はもう早々に雪が降ってしまいそうですな」
「いいね、雪は。大学園の子どもたちと雪だるまでも作ろうか」
「ほほほ……旦那様はお若いですなぁ。藍崎は雪かきのことを思うと、もうすでに腰が砕けてしまいそうですよ」
「私も雪かきをするさ。二人でやれば、こんな小さな家の周りくらいあっという間だよ」
のんびりとした陽光の中で二人は笑う。冬馬は笑みを崩さないまま、ふと首を傾げた。
「そういえば、私になにか用だった?」
「ああ、そうでございます。藍崎としたことが……本日分の新聞と、旦那様にお手紙が届いております」
「……」
いつものように新聞を居間の小さなテーブルに置いてあるのだろう。藍崎は冬馬に一通の封筒を差し出す。あまり厚みのないクリーム色のそれは、一見なんでも無いただの封筒に見えたが――見るものが見ればわかる上質な紙に、あまりにも見慣れた紋章入りの封蝋。冬馬は静かにそれを受け取って、鬱屈なため息をついた。
「どうやら、ご当主様からのもののようにございますね」
「そうだね。まあ、なんとなく内容はわかるかな」
巫剣分家の当主の座は長らく空席のままだったが――つい先日、先代当主の娘が当主になったと聞いている。あの巫剣 絃夜の娘で、何故今になってその人物が当主に就任したのかも想像に難くなかった。
冬馬は手近に置いてあったペーパーナイフを取ると、封を切って中身を広げる。
――迂遠な文章だ
実に『高貴なる人々』らしい婉曲な言葉に飾られた文面。送り主は生真面目な人間なのだろう。
手紙の内容は想像した通りだった。
「やっぱり、絃夜さんが亡くなったんだ」
「ほお……左様にございますか、あの方が……」
藍崎の表情は変わらない。が、わずかに動揺が透けて見えた気がした。
――当然だな
藍崎はかつて、巫剣の本家に仕えていた。絃夜に殺された本家当主夫妻に、だ。
「葬式に出ろということか。面倒だな、私なんて呼ばなくていいのに」
「行かれないほうが面倒になると思われますが」
藍崎の言葉に冬馬はうなずく。が、その表情は冴えない。
「……巫剣を牛耳る老害共は嫌いだ」
やつらの世間体を観衆にした厚化粧は、なんともうざったい。あの自己中心的な態度さえなければ――冬樹たちは死ななくて済んだかもしれない。
そんなふうに思ってしまうと、冬馬にはあの“お偉い方々”が憎くて憎くてたまらなくなる。
「藍崎、日取りの調整をお願いできるかい? 喪服も用意しないとだし――まあ、いろいろね」
「かしこまりました。……特に何事もなく、終われるとようございますね」
「ああ、まったくだよ」
辟易とした冬馬の声に藍崎は苦笑する。そのまま部屋を出ていった二人の後ろで、静かに扉が閉まった。
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「……いや」
「先生? でも、こんな手紙まできちゃったら……」
頬を膨らせる天音にローレンスが眉を下げる。
そもそも何故こんなことになっているのかと言うと――
「なになに……って、葬式の知らせ? ていうか、先生が巫剣の当主!?」
「呆れた。先生を追い出したのは誰だと思っているのかしら?」
境界線基地のロビーの隅っこで背中を向けてうずくまる天音。彼女の後ろに落ちていた便箋を覗き込んでアザレアとアキラは顔を見合わせた。
「先生、どうやらあちらは先生のことを――その、本家の当主だと思っているみたいですよ?」
「私はそんなんじゃありません」
「ですから……ちゃんと違うってことを話しに行ったほうがいいと思いますよ?」
「いやです!」
子供のようにごねる天音に、ローレンスは両手で顔を覆う。アザレアとアキラは再び顔を見合わせた。




