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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter10,『亡霊と幾多の想い』
365/476

365,

<><><>



 ――やっちゃった……やっちゃった、やっちゃった……っ


 薄暗い廊下を駆け抜けていく。とは言っても足はもう止まりかけで、目の前がぐわんぐわんと揺らいで見えるのは、きっと気のせいではない。

 それでも『遺物境界線(レリックボーダー)』の長い長い廊下を、ロビーからだいぶ離れたところまで来た。酸欠を起こしたときによく似た激しい目眩に、天音は思わず廊下の端にしゃがみ込む。


「やっちゃった……」


 いつもこうだ。

 感情に流されて、人を傷つける。自分の能力が誰かを簡単に傷つけられることを知っているのに、なんで学ぶことが出来ないんだろう。


「また……嫌われる」


 巫剣の当主だの血の責務だの、ユリアに言われたことはもはや天音にはどうでもよかった。ただ――


「イツキ、怪我はしてないって……でも、痛そうだった、し……どうし、よう」


 じわりと涙が滲んで視界を歪める。ぎゅっと体を縮めて、それでもなお震えが止まらない。イツキの低い呻き声と、痛そうに細められた紅い目を思い出した。


「どうしよう……」


 ――イツキは……私のこと、嫌いになっちゃったかもしれない


 冷静になることができたなら、それが子供じみた妄想であることに天音は気づくことができただろう。イツキが彼女以上に大人(・・)であることも。しかし、“精霊の加護(プロテクション)”に理性を奪われてしまった天音は、そんな恐怖に震えることしかできなかった。


「いやだよ……嫌わ、ないで……」


 今までは誰を傷つけてもここまで怖くなることはなかった。感情をぶつける相手は、いつだって自分にとってどうでもいい相手だったから――誰に嫌われてもよかったから。

 イツキが手を押さえ込んだ時、頭が真っ白になった。傷ついたのはどうでもいい相手ではなかった。今一番――守りたいと、大切だと思ってしまう人だったのだ。


「なんで……なんで、イツキにあんなこと」


 不器用で冷たいくせに触れる手のひらは優しくて。無愛想なくせに笑う顔がどこか幼くて。

 好きなのに――大好きなのに、傷つけてしまった。痛いのは怖いのを知っているのに。


「……う、うぅ」


 涙が止まらなくなってきた。後悔と不安と恐怖がごちゃごちゃになって天音を襲う。



 ――不意に、誰かの足音が聞こえた。


「先生? こんなところで、どうしたんだ?」


 跳ねるように顔を上げる。天音の目の前に立っていたのはゲンジだった。



<><><>



「ほう……つまり、先生の親戚が来たのか。そりゃあ、なんというかなぁ」


 ゲンジは薄暗い廊下に座り込む天音に驚いていたが、天音の話を聞いてさらに目を丸くする。困ったように眉を寄せて彼は頬を掻いた。


「巫剣家に戻れって言ってもなぁ……正直、先生がされてきたことを考えると、先生が怒るのも当然だと、俺は思うが」


「でも……イツキに、酷いこと、しちゃって……絶対、嫌われちゃう」


 ぎゅっとうずくまる天音にゲンジは苦笑する。


「先生は、不思議だなぁ」


「……?」


「親の敵が死んで、その娘に加護が暴走しちまう程に嫌なことされたっていうのに――先生の心配事はイツキに嫌われるかどうかなんだもんなぁ」


 ゲンジの声は優しくて静かだった。慈しむようなその声に、天音はおずおずと彼を見上げる。


「だって、イツキに……」


「先生はイツキのことが大好きだなぁ」


 ストレートなゲンジの言葉は天音の本心だが、しかし他人に指摘されると恥ずかしい。頬を赤らめて再び俯く天音に、ゲンジはいつものように豪快に笑った。


「ガーッハッハッハ! そうだなぁ、先生だって女の子だもんな。好きな人ができたって、おかしくはないなぁ」


 ゲンジはそう言って目を細めると天音の頭をそっと撫でる。天音の頭を包み込めそうなほどに大きな手は、ごつごつと岩のように固くて正直撫でられ心地はあまり良くない。


「……」


「大丈夫さ、イツキは先生のことを嫌いにはならん」


「……どうして」


「イツキにとって、先生は特別(・・)だからなぁ。先生は気づいてないかもしれんが、イツキも相当に先生のことが好きだから」


 穏やかなゲンジの語りは、彼の経験の豊富さに裏付けされて確かなものに感じられた。ほんの少しだけ天音の心は緩む。


「そう、でしょうか」


「ああ、そうさ。俺が言っているんだ、間違いはねえよ」


 ポンポンと優しく背中をたたかれて、天音はうつむいたまま目を閉じる。今さら加護を使った反動がきた。そんな彼女にゲンジはそっと微笑む。

 ――ただただ慈愛に満ちた微笑みだった。



「そうさぁ、先生のことを嫌いになるやつなんてここにはいないんだから――安心してくれていいんだ」

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