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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter10,『亡霊と幾多の想い』
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364,

「っ!?」


 不意に後ろからぐいっと引っ張られる衝撃。口を塞がれる感覚は、よく知ったものだった。


「……またか。だから口喧嘩はよせって言っているのに」


 この状況に似つかわしくない冷静な、しかしよく知った声が天音の頭の上から聞こえる。下げた目線に映った黒い革の手袋はイツキのものだった。


 ――は、なして……


 感情の衝動のままに天音はそれを振り払おうと藻掻く。


「おい、暴れるな」


 じたばたと暴れる天音を腕の中に押さえ込んで、イツキは目の前で座り込むユリアを見た。


「なんでこんな状態になっているのかはわからないが……さっさと出てけ」


「っ、でも……私は、」


「お前、天音に殺されかけてたんだぞ? 早くしろ、こんなとこで死なれたら面倒なんだ」


 不機嫌な紅い瞳に、ユリアはガクガクと体を震わせながらも立ち上がってロビーの外に出ていく。その慌ただしい後ろ姿を見送って、激しく抵抗を繰り返す天音の口元からそっと手を離した。


「天音、落ち着け」


「い……や、離してっ!」


 天音はさらに暴れるが、イツキの力にはかなわない。天音の加護の圧力から逃れた“兵器”たちも、慌てて彼らに近づいた。


「離して……い、や、私っ……帰りたくない……」


「――なにがあったか知らないが、こんな“精霊の加護(プロテクション)”の使い方はお前らしくないぞ? いいから、少し落ち着け」


 宥めるイツキの言葉に周りの“兵器”たちもうなずく。しかし、天音は――


「――です、」


「あ?」


「イツキには……イツキには、わかんないです!」


 そう叫んでぎっとイツキを睨めつける。イツキは困惑したように首を傾げた。


「お前……」


「落ち着けるわけ無いじゃないですか!? なにも知らないくせにっ……なんで、止めたの……?」


「やめろ天音、」


 ――こいつ、加護の使いすぎだ


 蒼い目は薄ぼんやりと濁っていた。加護に体力を吸われて、まともに考えて行動することもままならない――支離滅裂なイツキへの怒鳴り声は、彼のそれとはまた違う、“精霊の加護(プロテクション)”の暴走状態だった。

 イツキは横目でローレンスを睨む。


「あの女、こいつになにをしたんだ?」


「いや、それが……」



「いやだ……かえりたくないよ……あんなところ、もうかえりたくない」


 しかし、ローレンスがイツキの問いに答える前に天音が呟く。イツキは彼女の顔を覗き込んだ。


「何があったか教えろ」


「いや……い、や」


 感情が抜け落ちたガラス玉のような瞳。不明瞭な言葉も何もかも、彼女はもうイツキを見ていない。

 あの時と――両親の記憶で我を忘れたあのときと同じだった。


「っ、いい加減にしろ!」


 あの時よりも酷かった。あの時は戻ってきてくれたが、ひょっとすると今回は――

 突然そんな不安に駆られ、イツキは思わず声を荒らげて天音の手首を掴む。


 その瞬間、天音の瞳が激しい恐怖に揺れた。



『離して! 触らないでっ!』



 ――バチッ!

 電気回路が短絡(ショート)を起こしたときのような激しい音と、火花の散るような衝撃。


「っ!?」


 天音の手をつかんだ右手に激しい痛みを感じて、イツキは咄嗟に彼女から手を離した。


「いっ……」


「「イツキ!?」」


「大丈夫か?」


 右手を押さえて呻くイツキに、周りの“兵器”たちが慌てる。ローレンスが彼の右手を見ると――黒い手袋に焼け焦げた跡があった。


「体の方に怪我は?」


「……いや、痛みだけ」


 手を押さえたままイツキはただそう答えて、顔を上げる。視線の先の天音は呆然とイツキを、正確にはイツキの右手を見つめていた。


「あ……い、つき」


 か細い声。胸の前で握りしめられた小さな手は、恐怖で震えている。蒼い目に、もう濁りはなかった。


「私……い、ま」


「やっと正気に戻ったか。大丈夫か、お前……、」


 右手を軽く振って、イツキは何事もなかったかのように天音に手を差し出す。しかし、天音はびくりと後ずさると


「ご、ごめんなさい!」


「は?ちょっと待て、」


 イツキが伸ばした手をすり抜けて、それだけ叫んでロビーを出ていってしまった。

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