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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter10,『亡霊と幾多の想い』
361/476

361,

 その日、天音はいつものように部屋で仕事をしていた。一段落ついてふと棚の上の置き時計を見ると、正午を少し過ぎていることに気づく。


「お昼食べに行こうかな」


 ちゃんと朝昼晩と顔を出さないとローリエに心配される。なにせ前科もあるし――いつも食事を作ってもらっている身として迷惑をかけるわけにはいかない。


「んん〜っ!」


 椅子に座りっぱなしで固まってしまった身体を大きく伸ばして天音は立ち上がる。

 部屋を出て薄暗い階段を下り、ロビーの横を通り過ぎる。と、


「ん?」


 この時間帯は閑散として静かなはずのロビーからざわざわと話し声が聞こえる。聞こえる声や足音を聞くに、住人以上はそこに集まっているようだ。天音は首を傾げた。


「なんだろう……軍議かな」


 だったら天音も呼ばれるはずだがそんな連絡は来ていない。昼を食べに行かなければならないが、天音は気になってそっと柱の陰からロビーを覗き込んだ。



<><><>



「――そのように言われましても、身分がはっきりしない方を先生に会わせるわけにはいきません」


「何度言えばわかるの。貴方が言う“先生”は、会えば私が巫剣家の人間だということに気づくはずです。危害を加えるつもりはないの」


「しかし……境界線基地(ボーダー・ベース)に無許可で侵入してきた方の言葉を信じることはできません」


 ロビーの中央で何やら言い合いをしているのは、ローレンスと見知らぬ女だった。深い紺色のドレスに頭には小さな飾り帽子。どこからどう見ても『高貴なる人々(アリストクラシー)』だ。


「とにかく、その先生に伝えてください。巫剣 絃夜の財産分与について、お話があって参りました」


「……え?」


 天音は思わず柱の陰から出る。ぱっと目に入ったロビー全体から驚きと焦りがないまぜになった視線が。しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。


「先生!? なんでここに、」


「どういうことですか、巫剣 絃夜の財産分与って……」


 ローレンスの声を無視して天音はその女を見つめる。心臓が嫌な音を立てている。耳の奥が冷たくなった。


「お初にお目にかかります、天音さん」


 紺色のドレスの女は天音の動揺とは正反対に落ち着いた面持ちでカーテシーをする。ひらりと金色の長髪が揺れた。


「巫剣ユリアと申します。巫剣家分家の当主をさせていただいており―― 巫剣 絃夜の娘です」


「分家当主……娘……?」


 困惑が頭の中をいっぱいにしていく。“ユリア”と名乗った女のそれは、まるで知らない言葉みたいだ。彼女は薄っすらと口元に笑みを浮かべた。


「驚かれるのも無理はないと思います。貴女は長らく巫剣家から離れていらした。この度、私の父であり先代分家当主、巫剣 絃夜が亡くなりました」


「……死んだ? あの人が?」


「はい。牢の中で、刑を全うする前に」


 周りで固唾をのんで見守る“兵器”たちの視線もなにも気にならなかった。ただ、目の前の女の姿に釘付けになる。


「かの者が、貴女のご両親になにをしたのかは把握しております。かの者が『高貴なる人々(アリストクラシー)』でありながら“首都”への暴挙を繰り返していたことも」


「……」


「本来、葬儀を出すことさえ憚られる立場なのですが――分家の人間の大多数が、かの者の葬儀を出すことを望んでおります」


「……だから、何だというのですか」


 天音の声は凍りついたように冷たく、硬かった。動揺に震える胸の前で握りしめられた手と相まって、どうしようもないほどに不安が溢れかえってくる。


「『高貴なる人々(アリストクラシー)』の葬式とは、故人を弔うなんて建前で、あくまでも遺産相続について話し合う場なのです。かの者の遺書こそありますが――今回のことでも、例に漏れずかなり揉めることになるかと」


「私と何の関係が……」


「焦らずに、お聞きください。分家を牛耳る古狸共を、私一人の力で抑えられるとは到底思えません。いくら当主の座を手に入れたとはいえ、私はあの狸共に認められた存在ではない……不本意ですが」


 そこでです。

 ユリアの言葉は嫌な響きを帯びている。少なくとも、天音にはそう聞こえていた。



「貴女に助力を請いに来たのです。――本家の当代当主(・・・・)である、貴女に」

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