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「これはまた……随分と派手に壊しましたね」
天音はぎゅっと顔をしかめる。その原因はイツキの二の腕についていた深い裂傷だった。
「痛みは? 手は動きますよね」
「痛覚は切ってる。手は……」
軽く右手を握ってイツキは顔をしかめる。そんな様子を見て天音はソファーから立ち上がると、デスクの上に放置されていた分厚いエプロンを手に取った。
「あー、痺れます? 導線が切れちゃってるのかな。まあ、よくある怪我ですから直すのは別に難しくないんですけど……本当に珍しいですね、こんな怪我をするなんて」
「少しよそ見をしていた」
淡々と答えるイツキ。天音はますます不思議そうに首を傾げながらも、工具を片手にまた彼の隣に座った。
「どうせ一人で交戦していたんでしょう? 無茶はやめてくださいね。イツキの部品はあまり数が無いんです」
「今回は運がなかっただけだ。こんなヘマ、もう二度としない」
ふいっとそっぽを向く彼に、天音は思わずクスリと笑う。工具の触れ合う音が小さな部屋に響いた。
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「――終わりました。痛覚を戻してみてください」
イツキの腕をひと撫でして天音は彼を見上げる。
「……」
一瞬動きを止めた彼を天音はほんの少し緊張した面持ちで見つめるが――イツキは腕を動かしてうなずいた。
「なんともない」
「手は動きます?」
「ああ。痺れが無くなった」
流石だな。イツキの呟きと滑らかに動く彼の五指に、天音はぐっと拳を握りしめた。
「よかったです。腕の内部パーツが一部足りなくて、私が造ったものになってしまっていて。うまく動くか心配だったんですけど――」
傷のあったところに手を当てて天音は微笑む。そんな彼女の表情をしばらく眺めて、イツキはシャツを着直した。
「助かった」
「当然です、これが仕事ですから」
自慢気に表情を緩めて天音はエプロンを脱いでぐーっと伸びをする。イツキは調整するように何度も右手を開いたり閉じたりしていた。
「せっかくですし、お茶でもどうですか? ローリエさんが紅茶の茶葉を譲ってくれたんです。もっとも、あの子みたいにうまく淹れれる自信はないんですけど」
「……ああ」
天音はソファーから立ち上がったが、イツキはどこか上の空で返事をしたようだ。ぼんやりとした声に天音は振り返って首を傾げた。
「どうしたんですか、イツキ。まだどこか具合が悪いんですか?」
「いや」
イツキの顔を覗き込むと、彼はまっすぐに天音を見つめていた。吸い込まれそうな深い瞳の紅に、天音はわずかに息を呑む。イツキはしばらくそうやって彼女を見つめて、おもむろに彼女に手を伸ばした。
「天音」
「はい……へ?」
ぐいっと腕を掴まれて引っ張られる。痛くはないが乱雑な手付き。思わず間抜けな声が出てしまったが、イツキはそれを無視した。
「え、あ……あの?」
「ん?」
そのままイツキは軽々と天音を膝の上に抱え上げて――まるでぬいぐるみかのように天音の体を抱きしめる。
「な、なんですかこれ……イツキ? は……離してください?」
「――なんで?」
「いや、なんでじゃないですよね!?」
突拍子もないイツキの行動に、思わずジタバタと藻掻きながら天音は叫ぶ。が、彼の腕はびくともしない。
「ね、ねえ……力強いっ」
「痛いか?」
「いや……別に痛くないですけど」
そういうことじゃなくて……。もぞもぞと抵抗するがイツキは天音を離さない。彼は天音の肩口に顔を埋めてくぐもった声を上げた。
「嫌か?」
「……う、え?」
「キモいことしてる自覚はあるから、嫌ならちゃんと言ってくれ。やめるから」
伏せられた表情は見えないが、その声はどこかしょんぼりと沈んでいる――ように天音には感じられた。
そして、その声に天音は何故か――酷く焦りを覚えた。