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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter10,『亡霊と幾多の想い』
357/476

357,

「たぶん、この目の持ち主(オリジナル)は、もうこの世界に存在しないと思います」


「……」


 アザレアのアメシストの瞳が静かに見開かれる。罪悪感と後悔がないまぜになって天音を襲ってくる。

 それでも、これは天音として、修繕師(リペアラー)として彼女に伝えなければならないことだった。


「この部品、全体的に摩耗が酷いんです。通常使いでここまで損傷するってことはまずありえなくて――恐らく、何回か『再構築製造機(リサイクラー)』に使い回されているんだと思います」


「リサイ、クラー……」


 唖然とした声。天音はななめ下をじっと見つめる。床の木目まで数えられるだけの沈黙がそこにはあった。


「――すみません」


 何に対して謝っているのか、自分でもよくわからなかった。ただ謝らずにはいられなかったのだ。

 元は人間が引き起こしてしまったことで、アザレアは――彼女たちはただの被害者なのだ。そんな人間のくせに、おまけに修繕師(リペアラー)なんていう大層な肩書きを持っているくせに、直してあげることもできずに遠回しに『もう死んでいるだろう』なんていう酷いことしか言えない。そんな自分に、自分の現実主義に腹が立ってならなかった。


「なんで謝るんですの? 天音先生はなにも悪くありませんわ」


 しかし、アザレアはまたいつもと変わらない表情で天音を見つめていた。天音がほんの少しだけ首を傾げると、彼女はおかしそうに笑う。


「確かに、びっくりしましたけれど――まあ、そうだろうとは薄々感じていましたの。きっと、あの人に会うことは無いだろうって。だって、あの人鈍臭いんだもの」


 ふふっ。思い出し笑いが彼女の唇から零れ出る。天音はただその言葉を聞いて――彼女に目玉を返した。それを優しげに見つめて、アザレアは言葉を続ける。


「そう。だって、あの人いつも自分の心配はせずに他人の心配ばかりしているんですもの。本当に大馬鹿――こんなふうになってしまうまで、帰ってこなかったんですもの」


 そっと親指の腹でその硝子玉を撫でて、彼女は小さくため息をつく。機械ランプの光が穏やかに反射した。


「ありがとうございます、先生。もう帰ってくるのを待つ必要が無くなったんですもの。肩の荷が、ひとつ下りたというものですわ」


「……それ、クリーニングしましょうか? 硝子製ですから研磨すれば傷もなくなると思います」


 アザレアの表情はいつもと変わらないのに、天音には彼女が泣いているように見えた。天音の申し出にアザレアは少しだけ考え込んで――静かに首を横に振る。


「大丈夫ですわ、このままで」


「そうですか」


「ふふ……気にかけてくれて、ありがとうなのですわ」


 そっと両手で包み込むように硝子の目玉を握って、アザレアは笑う。

 その紫の瞳は、美しい花のような色をしていた。



<><><>



『コトン……』


 ベッドに腰掛けて脇に置かれたテーブルの上、写真立てのそばに置いてみる。古びたセピア色の写真の笑顔と、透けるような褐色の瞳が重なった。


「本当に馬鹿ね」


 不意にあの荒野の向こうから現れてくれるのではないかと、心の何処かでそう思っていた。敵として、“首都”を襲撃しに来るのではないかと。それでもよかった。


「ボコボコにして、強引にこっちの仲間に引き入れてやろうと思っていたのですわ。そうすれば、貴方も少しは人間の良さがわかったでしょうに」


 “人間”と一括りにされたその概念は、中身を覗いてみると千差万別の個人の集合体だ。“人間”という概念をのものを、そっくりそのまま嫌うのは、憎むのは――


「だから、ワタクシはこっち側で戦っているんですのよ。貴方は……そうね、貴方に教えてあげられればよかった」


 こんなふうになってしまうまで、自分はなにをしていたのだろうか。後悔が腹の底から溢れかえって、でももうどうにもならない。

 目玉の隣にプラチナの細い指輪を並べて、アザレアはそっと机に顔を伏せた。


「おかえりなさい……ギルバート」


 掠れた声が空気を震わせる。この世界は、こんなにもイジワルだった。

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