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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter10,『亡霊と幾多の想い』
354/476

354,

 ――不思議。あの夢を見なかったな


『帰りたい』

 毎晩見るあの空白は、気がつくと草原から始まるようになっていた。なんだかゲームの自動保存(オートセーブ)みたいだとどこか他人事に思う。草原からあの神殿のような建物へ。そして――蒼い目の女に出会う。ゲームだったら、なにか行動を起こせばさらに先に進めるようになるんだろう。


 ――昔、あかねにいさ……的場さんに借りたゲームじゃないんだから、そう簡単にいくとは思えないけどね


 どうでもいいことを考えながら天音は体を起こす。壁際の冷たくて硬い床の上に寝ていたせいか、関節がギシギシと嫌な音を立てる。


「……あ、れ?」


 固まった体をどうにかするために伸びをしようと腕を上げた瞬間、なにかが背中を滑り降りていく感覚に天音は後ろを振り返る。

 見覚えのない無地の毛布が背中から落ちて足元に。そして、天音のほんの数十センチ後ろに――壁に背中を預けて座り込む黒い人影が、仄暗い早朝の空気の中に見えた。


「っ……」


 ――びっくりした

 危うく叫びだすところだった。早鐘を打つ心臓を右手で押さえて、天音はそろそろと彼の顔を覗き込む。そこにいたのはイツキだった。

 てっきり誰もいないと思っていたが、よく見てみると彼のさらに向こう側でアザレアとアキラが倒れ込んで熟睡している。その隣にも、向こうにも別のよく見知った“兵器”たちが数人転がっていて――どうやら自室に辿り着く前に力尽きてしまったらしい。

 そしてイツキも、まるで眠っているかのように目を閉じてじっとうつむいていた。


 ――まさか、本当に寝てるわけじゃないよね?


 イツキには睡眠の概念が存在しない。メンテナンスをするたびに確認する制御符号プログラミング・コードには、人と同じ感情体系も食事の概念も組み込まれているのに――こういうところが彼の少し不思議なところだ。

 普段鋭い光を放つ紅い瞳も、瞼に隠されてしまっていて見えない。薄く開いた唇の隙間から洩れる息の音を、天音はしばらくそうやって聴いていた。


 ――起こす? だって、朝だし? いやでも……


 少し長い前髪が揺れて、その隙間から覗く表情は穏やかで。なんだかこのままにしておかなければ――もったいない気がしてしまった。天音は息を殺したまま彼にさらに近づく。白い肌も整った鼻筋も、全て作り物。でも、なんだか気が抜けたその表情が――


「まつ毛、長いな……」


「聞こえてるぞ」


 不意に紅い瞳がジトッと天音を見つめる。


「わっ!?」


「さっきから気配がうるさいんだよ。寝てないのはわかっていただろう」


 呆れたような声色に天音は気まずげに目をそらす。足元にわだかまっている毛布を拾い上げて、天音はイツキを見つめた。


「これをかけてくれたのはイツキですか?」


「ああ」


 イツキはあくまでも淡々と答える。天音はぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます」


「あのまま放っておいたら、どうせ風邪を引く。人間の体は脆いんだ。せめて部屋に戻ってから寝てくれ」


 ――優しいんだよな……


 そっけない態度だが、イツキはただ天音の体を慮ってくれたに過ぎない。天音はほんのりと微笑んだ。


「そうします」


「……ああ、そうしてくれ」


 壁の上部に開けられた嵌殺しの窓から朝の光が降り注ぐ。きらきらと光る紅い瞳を、天音はちらりと横目で眺めた。



<><><>



 ――そういうことだったのか


 壁の上部に開けられた嵌殺しの窓から朝の光が降り注ぐ。小さな横顔。白銀の髪がきらめいて、蒼い瞳の深さにじっと見入った。

 何故今まで気づかなかったんだろう。いや、気づこうとしてこなかったのか。



『探しているモノは、きっとすぐに見つかる。大切にしてやれよ?』



 ――カイト(あいつ)は俺の心を読んだのか

 あの時死んだ、いけ好かない昏い緑の瞳が脳裏に蘇った。最期、灰になって崩れるその間際に――下手をするとそれよりもずっと前に、あいつは俺の心を、記憶を読んだに違いない。

 あの時――死を乞われて彼の手を握った時に聞かされた何の脈絡もない言葉。やつはこうなることをすべて予測していたというのか。


「天音」


「はい?」


 振り返ったその表情が、溺れるほどの蒼の深さが。ああ、こんなにも近くにいたのだ。


「いや……なんでもない」


 首を傾げるその仕草が、きょとんとしたどこか間抜けな表情が、


 ――ああ、お前(・・)なんだな


 見つけてしまった。あまりにも憎く、汚らわしく醜く――

 愛おしいものを

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