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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter10,『亡霊と幾多の想い』
353/476

353,

 工房は、今よりもごちゃごちゃと物が多くて――ずっと明るかった。机の上の機械ランプを、いやに鮮明に思い出す。


「師匠、聞きたいことがあります」


「……“師匠”じゃなくて、“お父様”がいいな〜、なんて」


 おどけたように、しかしほんの少し物悲しげな。そういう顔をいつもズルいと思っていた。


「――とうさん」


「むう。まあ、いいや。どうしたの天音」


 デスクの椅子から見下ろす彼の顔は、立って話すよりも遠い気がした。物理的にはただの気のせいだが――今思うと、それはあながち間違いでは無かった気がする。


「“災厄”とはなんですか?」


「ああ、大陸機械史? ちゃんと勉強しているんだね。えらい」


 頭を撫でられる感覚が好き。この人は体温が低かった。


「“災厄”か……あの時は大変だったな。僕はまだ七歳だったんだけど、はっきり覚えているよ」


 普段は穏やかな蒼色の目が、わずかに険しく細められる。その鋭い色は……実は嫌いで。


「僕が住んでいたのは中枢区(ヌークリアス)の中心部だったから、被害が一番少ない地域だった。それなのに死人が出たんだ」


「?」


「中枢区と壁外を隔てる壁があるだろう? あれの、西側の一部が崩れてね。一時は中枢区の中でも警報が鳴り止まなかった。家の中にいた人は助かったが、外にいた人々はみんな……」


 薄い唇が引き結ばれる。沈黙が耳に刺さって止まない。天音の硬い表情に、その人はただ微笑んだ。


「『高貴なる人々(アリストクラシー)』も壁外の住民も、結局はみんな人間だったってことだね。そもそもが、アーティファクトに酷い仕打ちをした人間たちのせいだ」


「……じゃあ、どうして」


「ん?」


「“兵器”のみなさんは、どうして私たちを守ってくれるんですか?」


 天音の疑問にその人は少しだけ眉を寄せて――きっと慎重に言葉を選んでいたんだろう。天音の頭をまたくしゃりと撫でた。


「彼らはね、人間のことを大好きでいてくれているんだ」


「ひどいことをしたのに?」


「天音は、彼らになにか酷いことをしたのかい? 天音は彼らのことが嫌いかい?」


「……」


 言葉が出なかった。どう答えるのが正解なのか。その人の表情は、しかし穏やかだった。


「天音は彼らに酷いことはしていないだろう? 天音だけじゃない。今、この“首都”に生きるみんな(・・・)が、アーティファクトに酷いことをしたわけではないし、彼らを嫌っているわけではない。それと同じように、“兵器”のみんなも人間すべてが憎いわけではないんだよ。――戦争が起こったのは、もう何十年も前の話だ」


 静かに吐き出された息が、空気に溶けて消えてしまった。


「でも、忘れてはいけないね。戦争がなにをもたらしたのか、なにを奪い去っていったのか――なんで“災厄”が起こってしまったのか。僕たちが直接彼らを使役したわけでも、彼らを痛めつけたわけでもない。でも僕たちは、絶対に忘れてしまうことだけはしてはいけないね」


 頭を撫でられる感覚が大好きだった。悲惨な物語の記憶の中で、鮮明にその感覚が翻っていた。



<><><>



「……ん、う……?」


 ――あれ、寝ちゃってた?


 寝起きのぼんやりとした視界に映るのは、見知った工房の景色ではなかった。床に寝転がったままぼーっと向こう側を眺めていると、ひんやりとした空気が頬を撫でる。大きな窓から差し込む淡い早朝の光。

 どうやら、仕事を終わらせてそのまま境界線基地(ボーダー・ベース)のロビーの端で寝落ちてしまっていたようだ。


 十月ももう終わりに差し掛かっている。季節は少しずつ冬へと移り変わり始めていて、《エレブシナ王国》の山岳地帯ではもうすでに初雪を観測したという。そんな時期だったが――外部のアーティファクトたちの侵攻は止まらず、さらに激しさを増すばかりだった。

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