35,
「……危ない」
――この件は、くれぐれもご内密に
先日のサスナの言葉が、脳裏をよぎる。
破ったら、間違いなく怒られるでは済まない。
「うぅ――ごめんなさい、ローレンスさん」
ボーダー一階の廊下を早足で抜けながら、天音は独りごちる。せっかく心配してくれているのに、ひどい突き放し方をしてしまった。
「全部終わったら、ちゃんと説明しよう……」
「何が終わったら、なんだ――?」
「わあっ?!」
しかし、ボーダーの外へと続く通用口に差し掛かったところで、突然聞こえた声に、天音は思わず足を止めてしまう。見ると、出口の手前に背の高い人影が見えた。
「……イツキさん」
そこに立っていたのはイツキだった。紅い目が、探るような色で天音を見つめている。
「随分と必死だったな。そんなに重要な隠し事なのか?」
「――見てたんですか」
ローレンスとの言い合いを見ていたのなら、さっきまであそこにいたはずだ。そんな彼がここに居るのはおかしいと思うのだが――“兵器”の足の速さを舐めてはいけないということか。
「いいのか?要人が護衛もつけずに、フラフラと出歩いて」
「要人と呼ばれるほど重要な人間でもありません。それに、皆さん忙しいですから私に割く人員はありませんよ」
天音はムスッとそう言い返して、イツキを睨む。
「早く退いてもらえませんか?こう見えても急いでるんです」
「……なら、ついて行こう」
しかし、イツキはそこから退かずにそんな事を言った。天音は目を丸くする。
「え?――ですから、私の護衛よりもキャラバンの護衛を優先して、」
「俺はその仕事は明日から。ちょうど今日は非番なんだ――。休みだから、お前の護衛についても問題はないだろ?」
「えぇ……?」
――これは、まずい
人に知られてはまずい案件だし、何よりアーティファクト絡みのことだ。あまり、“兵器”たちを関わらせたくない……
「せ、せっかくの休みなんですから――私の警護をするより、休んだほうが、」
「機械だから休む必要はない。暇だ、連れてけ」
「いや、でも――」
一歩も引く気がないイツキに、天音は焦る。――そんな彼女の表情を見て、イツキはすうっと目を細めた。
「この前、元老院が来ていた用件がそれか?――わざわざ、人払いさせてまで話してたらしいが」
「――!?」
――なんで……
イツキの言葉は、天音を目に見えて動揺させた。イツキが意地悪く口角を上げる。
「なるほど。図星か」
「……」
カマをかけられたことに気づき、天音は黙ったままイツキを睨む。イツキは天音に一歩近づいた。
「そういう用事で出かけるなら……なおのこと、護衛が必要だろ」
「――口外を禁じられている件なので」
「修繕師に任される案件なんて、どうせアーティファクト絡みのことなんだろ。“兵器”がいたほうが、楽に終わるんじゃないか?」
「……」
天音はムスッとしたまま、また黙り込む。
――一瞬、
頼ってしまってもいいかもしれない。と、思ってしまった。でも、
――危険があることには、あまり巻き込んでしまいたくない
いつも、危険のある戦場に彼らを送り込んでいる人間が言えたことではないのは、よく分かっている。だからこそ、戦場以外で“兵器”を傷つけてしまいたくなかった。
「本当に、大丈夫です。あなたが怪我をするほうが、怖いですから」
天音はそう言って、イツキの横を強引に通り抜けようとする。
――しかし、イツキはそんな彼女の腕を掴んで止めた。