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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Prequel<B>,『セピアの過去』
341/476

341,

<><><>


『――』


 旧王城の内部は、戦争が拡大してここが砦となったときから軍部の拠点として機能していた。元々大広間、ひいては国王への謁見の間として使われていたこの大きな空間も、軍議や兵の詰め所として使われていたが――今、広い大理石の床の上には今回の暴動で出た遺体が所狭しと安置されていた。

 広間の外、廊下のほうから不明瞭な話し声が聞こえてくる。それは、広間の隅の小さな遺骸の横でぼんやりと佇む人影に近づいていって――彼女の横で止まった。


「アザレア……」


「……」


 ギルバートの声にアザレアは顔もあげない。ギルバートは彼女の足元の布の塊を一瞥する。引き結ばれた唇が、やがて静かにほどかれて言葉がこぼれ落ちた。


「なんで……」


「……」


「なんで、ヨツハが――」


「……」


 黙ったままのアザレア。呼吸のリズムに合わせて金色の巻き髪が静かに揺れる。ギルバートはギッと彼女を睨めつけて声を荒らげた。


「君がついていたんだろう……? なんで……なんでヨツハが死んだんだよ!」


「……」


 アザレアの細い肩を荒々しく引き寄せる手。静かに上げられた紫色の視線は、ぼんやりと焦点が定まらずどこか遠くを見ているようだった。


「――ごめん、なさい……」


「っ!?」


 蚊の鳴くような弱々しい声に、ギルバートは自分がなにを言ったのかに気づいたらしい。驚きに見開かれた目にはすぐに激しい後悔が浮かんだ。


「ごめんなさい……ワタクシ……」


「ちが……ごめん、俺なんてことを」


 弁解しようとして、しかし首を横に振って彼はもう一度アザレアの肩を引き寄せる。今度は優しいその仕草にアザレアは再び顔をうつむけて――またその場を静寂が支配した。

 ふたりとも感情が飽和状態だった。受け入れられない現実が目の前に転がっている。

 アザレアは突っ立ったままぼんやりとそれ(・・)を見つめ続けていた。


「――守れなかった」


「……」


 薄く開いたままの唇から乾いた息が漏れ出る。ギルバートはそんな彼女を見て苦しげに眉を寄せ――そっと彼女の肩に顔を埋めた。


「アザレア」


「なにも……出来ませんでした」


 ぽつぽつと呟かれるそれは、覇気はないのにぐさぐさと二人の心を刺す。血溜まりの色が脳内に反射した。


「ワタクシはアーティファクトなのに……ヨツハよりも、丈夫で強かったのに、なのに」


「……」


「ワタクシは……ヨツハを見殺しにしました」


「違う、違うよアザレア」


 勢いよく顔を上げたギルバートは激しく首を横に振る。


「ごめん……俺、そんなつもりじゃなかった」


「わかっていますわ」


「アザレアは悪くない」


「……悪いですわ。だって――だって……っ」


 唇を噛む。ギルバートはぎゅっと彼女を抱きしめた。


「なんで……なんでワタクシはまだ生きているの?」


「アザレア、やめて」


「あの人達が狙っていたのはアーティファクトなのでしょう? なんで死んだのはワタクシじゃなくてヨツハなの?」


「アザレアっ……」


 きつく抱きすくめられて、それでもアザレアは首を横に振る。涙は出ないのに、その表情は泣いている者のそれだった。


「死んでしまうならワタクシでよかったじゃないの! ヨツハじゃなくてよかったじゃないの……なんで、どう、して……」


「……」


 嘆いてもどうにもならないのに――嘆くことしか出来なかった。後悔することしか出来なかった。そうしなければ、何もかも壊れてしまいそうだったから。

 泣けないのが、涙が出ない身体の構造が辛かった。


「――アザレアが生きててくれたから、俺はうれしいよ」


 刹那の沈黙の後、そう呟いたのはギルバートだった。顔を上げたアザレアの瞳に映る彼の表情は、今にも泣きそうに微笑んでいる。


「今は……それしか思えないよ……俺、要領悪いから」


「ごめんなさい……っ、ヨツハ、は……貴方の」


「……うん」


 そこで会話は途切れた。静寂。陽の光は静かに昼前を告げている。

 残酷な世界から、またひとつ静かに生命が消えていった。

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