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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Prequel<B>,『セピアの過去』
340/476

340,

『ねえ、ヨツハ。貴女はどうして戦場で音楽をしようと思ったんですの?』


『え? えー、なんでだったっけ。うーん……あ、お父さんがね、今のあたしたちみたいにあちこちの戦場で歌う軍部所属の楽師だったの』


『あら、そうなの』


『前の戦争でも、最前線に出る兵士たちのために歌ってたんだって、いつも誇らしげだった。――たぶん、あたしそれに憧れたんだ』


『そう。じゃあ、』


『?』


『どうして、あの時ワタクシに声をかけたんですの』


『……知りたい?』


『ええ』


『ふふっ、特別だよ?』


 それはね……



<α0211>戦線歴2021年2月2日


 耳障りなサイレンの音が響いていた。風がいやに煩かった。

 焦げ臭い。肌を焼く熱風。起き上がれない。なにかが――


「アザレア!?」


 聞き慣れた声に重たい瞼をこじ開ける。朝の光が目を刺した。


「アザレア、しっかりしろ……」


「ギ、ル?」


「よく見ろ、僕だ」


 アザレアの上半身を抱えあげていたのはギルバート――ではなく、彼の同型機のアーティファクトだった。焦燥に満ちたその目は、ギルバートを彷彿とさせる。


「ああ……貴方、ですの」


「ぼろぼろだな――おい、そこの君! すぐに詰め所に連絡を。他にも怪我人がいるかもしれない」


 彼の他にも何人かのアーティファクトが瓦礫の山の上を行き来している。その一人に叫んだ彼の声に、アザレアは起き上がった。


「大丈夫か?」


「ワタクシ……えっと、確かプレハブにいて……」



「旧王城砦が、反アーティファクト勢力の襲撃にあったんだ――もう、めちゃくちゃだよ」



 ――その言葉通り旧王城は城壁が崩れ、木製の梁や天井は黒く燻っている。周りに建っていた掘っ立て小屋、アザレアたちのプレハブ小屋も見る影もない。


「ここがアーティファクトの宿営地だってことを知っていて、こうやって襲ってきたんだと思う。ギルバートは別の地区で起こった暴動を止めに行っている」


「……ヨツハは?」


 ぼんやりと霞がかった視界と思考でアザレアは呟く。彼は訝しげな表情を浮かべた。


「君が知らないなら、僕も分からないが」


「今まで……一緒、だった……はず」


 意識があったときの、つまり暴動に巻き込まれる前の最後の記憶はヨツハとの談笑で終わっている。

 ――この、ひしゃげたプレハブの()での会話で。


「……一緒、だった? この中でか?」


「――ヨツハっ、」


 崩れた壁と足元に転がる天井。中身がどうなっているかなんて、本当は見たくも考えたくもない。

 しかし、アザレアは慌てて瓦礫の山と化したプレハブの板材に手をかけた。


「待て、君は動かないほうが」


「だって……今、さっきまで本当にここであの子と……」


 ――なにかがおかしい。

 そんなことが、あっていいはずがない。

 彼が止める間もないまま、アザレアは必死に瓦礫をかき分けていった。


 身体のあちこちが壊れている。負傷した右肩の関節が今にももぎ取れてしまいそうだった。人工皮膚(スキン)が剥がれて金属パーツが露わになった指先が、痛みを伝える電気信号を発して――それでも、アザレアは手を止めることが出来ない。


「アザ、レア……」


「嘘……うそ。そんなわけないもの」


 なにかがおかしい。

 違和感――というよりかはもはや確信になりうる情報が、視界の隅に転がっていた。

 例えば、洋服の破片とか。

 例えば、足元に流れてきた澄んだ赤色の液体とか。


「……違う……ちがう、ちがう」


「アザレア、もういい」


 見たくないのに――その場にあるすべてをアザレアの目はしっかりと見つめた。


「嘘、嘘……うそうそうそっ!」


「アザレア!」


 なにかがおかしかった。

 そばにいるはずの人が――たった、今の今までそばにいたはずの人が


「あ……ああ……」


 鮮紅色の血溜まりになって寝ていた。見開かれたガラス玉のような目と、千切れてばらばらになった四肢と。

 ただ、それだけだった。



「ああああああああああああああああああっ!!」



 ――それだけの光景を、アザレアは永遠に忘れることができなかった。

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