336,
「……あの人間は、貴女の制作者ですか?」
ベーコンの焼ける音の隙間に、ふとローレンスがそう呟く。アザレアは思わず振り返って――少し意地悪く笑ってみせた。
「ヨツハが? そう見えますの?」
「……」
「そんなわけがないことは、貴方もよくわかっているようですわね」
フライパンに卵を割り入れて蓋をする。くるりとローレンスに向き直った彼女に、彼は静かに息を吐き出した。
「ですよね」
「貴方のマスターはとても若いんですわね。ヨツハよりも年下に見えましたわ」
「あの人が造ったアーティファクトは俺だけです。……今のところ」
どこか誇らしげな響きのある言葉に、アザレアは笑う。
「それはいいですわね」
「ヨツハさんといいましたか? あの人が違うとしたら、貴女のマスターは?」
「ワタクシ、製造されたのは前の戦争のはじめの頃だったんですの。マスターは、もう何年も前に死にましたわ」
「……」
ローレンスはまた気まずげに視線を下げる。そんな彼とは対照的に、アザレアは微笑んでいた。
「ヨツハは……ワタクシの“友達”ですわ。他に表現が思いつかないもの」
「“友達”……」
「ヨツハもギル――ギルバートもワタクシの大切な友人ですわ。それ以上でも、それ以下でもありませんの」
不思議そうに首を傾げるローレンスにアザレアはただ微笑んでみせる。
制作者があそこまで若いのだ。きっと、彼もつい最近造られたアーティファクトに違いない。感情の機微と人間の複雑な関係性に疎いその初々しい様子が、アザレアにはなんだか眩しく感じられた。
「そのうち嫌でもわかりますわよ」
「そうですか」
淡々とローレンスは答えて、不意に窓の外を見やる。
「よく晴れましたね。昨日の吹雪が嘘みたいだ」
「エレブシナの天気ほど、コロコロ変わるものはありませんわ〜。貴方も大変ね。あの天気の中を、あの人に引きずられてきたのでしょう?」
「いつものことです」
「ふふっ……軍部所属のアーティファクトなのに、マスターにベッタリなのね」
頃合いを見てアザレアはフライパンの蓋を持ち上げる。美味しそうな匂いと、その隙間を縫って聞こえた動揺した椅子の音。ちらりと振り返れば困惑した表情のローレンスがいた。
「な、んで……」
「何がですの?」
「なんで、俺が軍部所属だって――」
「あら。だって貴方、『Ⅰ型』のアーティファクトじゃないの」
なんでもないことのようにすまし顔でうそぶくアザレアは、コンロの火を止める。
「『Ⅰ型』アーティファクトが軍部にいるのは、いたって当たり前のことですわ。まあ最近はそうとも限らないみたいですけれど……少なくとも貴方のその身のこなしは、戦闘のために造られたアーティファクトのモノですもの。まあ? こんなところで興行しているワタクシも、もはや軍部所属と言っても差し支えないくらいにはなっていますけれどね」
どう? 当たったかしら。
食器棚を漁るアザレアにローレンスはしばらく惚けていたが――やがて小さく息を吐きだした。
「俺が、マスターにベッタリなんじゃなくて……」
「ああ、あの人が貴方を離してくれないのね」
食器の触れ合う軽やかな音。ローレンスはどこかいじけたように呟いた。
「戦いに出たい気持ちはあります。でも、マスターはそれを許してくれない」
「ふふ。子離れできないタイプね」
うなずきながらアザレアは皿にベーコンと目玉焼きを移す。ふてたローレンスの表情が、淡い光の中で影を落としている。
「――まあ、それも愛ですわ。あの人も貴方のことが大好きで……貴方もあの人のことが大好きなのね」
「……」
肯定はない。でも、否定もない。青臭いその沈黙に静かに目を閉じて、アザレアはダイニングテーブルに皿を並べた。
「さあ。いい加減人間の皆さまを起こしに行きましょう? というか……ギルまで起きてきていないとはどういうことなのかしら、まったく」
「昨晩から疑問に思っているのだが、ヨツハさんとギルバート少尉はなぜ一緒に寝ているんですか?」
「……ほぼ夫婦だからに決まっているでしょう?」
「!?」
戦時とは思えない穏やかさが、《エレブシナ王国》――特に旧王城一帯ではこれから数ヶ月は続くことになる。
その間、軍部の本拠地が再び旧王城砦に移り、アザレアとローレンスは“友達”と呼ぶにふさわしい関係を築いていくのだが――それはまた別の話だ。