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「そ、それって……」
「そのままの意味ですわ。ワタクシたちの中で、一番死んでしまう可能性が高いのは貴女なんですのよ、ヨツハ」
あっけにとられるヨツハに、アザレアは静かに息を吐き出す。金属音混じりの静寂が響いた。
「生命がいつ終わるのかなんて、誰にもわからないものであると――ワタクシは重々承知していますわ。前の戦争のときもそうだった。昨日隣で笑いあったひとが、今日は血溜まりになって足元に寝ている……今のワタクシたちも、いつそうなってもおかしくない状況に立たされているのですわね」
「……っ」
「だから、貴女はこんなふうにくよくよしている場合じゃないんですの。無理強いをするつもりはさらさらないけれど、早いうちに素直に気持ちを伝えてしまったほうが、貴女のためにもギルのためにもなると思いますわ」
アザレアは形の良い眉をひそめる。
「ギルにもヨツハにもワタクシにも、この先なにが起こるかわからないということがはっきりとわかりましたわ。――あの時、貴女ともっと話すべきだった。先送りにしてしまわなければよかった……」
「でも……」
小さな反駁の声に顔を上げる。ヨツハの表情は自信なさげに陰っていた。
「本当に、いいのかな。あたしは……ギルに好きだって、伝えちゃっていいのかな」
どんよりと沈んだ声色に、アザレアはふっと微笑む。
「答えはもう出ているでしょう?」
「でも、ギルは機械なんだよ? もちろん、あたしはもうそんなことは気にしないことにしたよ! だって、ギルが機械でも何でも――あたしの大切な“ひと”であることに変わりはないし……でも、もしかしたらギルが気にするかも――というか、そもそもギルはあたしのことどう思ってるんだろ」
「はあ……面倒くさいわね、まったく」
再び顔をうつむけて悩みこむヨツハ。その肩をペチッと叩いて、アザレアは目を眇めた。
「この非常事態にまだそんなことを言っているの? 当たって砕けてきなさいな!」
「ええ……」
「完全に脈がないってわけでもないでしょう。まあ、ギルが嫌と言ったらそこまでって、素直に思っておけばいいのよ」
しょんぼりとうなだれるヨツハは、どうやらもっと建設的な意見をアザレアに求めていたらしい。当のアザレアは薄く微笑んでヨツハを見つめていた。
「どうして貴女は……ギルに向ける“好き”の二文字だけで何もかも変わってしまうと思い込んでいるのかしらね」
「……え?」
「あら、簡単な話なのよ? たとえギルに好きだと正直に伝えたところで、貴女とギルの関係性は根本的にはなにも変わらない」
ヨツハは訝しげに瞬きをする。アザレアは一貫して飄々としていた。
「なんで? だって、あたしのこの“好き”は……恋愛感情、なんだよ? ギルにふられちゃったら、それは失恋じゃんか。お互いに気まずくなっちゃうよ、絶対」
「それは、ギルとヨツハがまったくの赤の他人だったらの話ですわ。でも、貴女たちはそうじゃない。お互いにお互いのことをよく理解しているから――失恋程度で気まずくなるような間柄じゃないんですのよ」
どこか得意げなアザレアの言葉に、ヨツハはじっと考え込むように頬に手を当てる。アザレアはぐっと伸びをした。
「人間関係というのは、コンピューターと違って0と1だけで出来ているんじゃないですの。いろんな形があって成り立っている。恋人か、他人かで世界が成り立っているわけではありませんわ」
――たくさんの人間を見てきた。十人が十人、まるで違う生き物だった。人間とは、そういうところが本当に不思議でたまらない。個人と関係性との多様なありようは、アザレアが思う人間の一番いいところだった。
「まさか、アザレアに人間関係について説かれるとは思わなかったな。人間なのはあたしの方なのに」
「外側から見たほうが、わかりやすいものというのはたくさんありますわ。ワタクシは傍観者ですもの」
ふっと微笑むアザレアを見上げてヨツハはわずかに苦笑する。
「そうだよ、アザレアはなんでもかんでも他人事すぎるんだよ! 今だって……」
「あら? だって、他人事ですもの。ワタクシ自身のことじゃないから、こうやって気軽に貴女をけしかけるんですのよ?」
クスクスと笑うアザレア。不満気に頬をふくらませるヨツハを見る、そのアメシストの瞳は優しげだった。
「それで、貴女はどうしたいの? ヨツハ」
「あたしは……」
「ワタクシは他人事で、なんの役にも立ちませんの。貴女の判断しか無いのですわ〜」
「……」
金属の触れ合う音が響く。ほんの少しだけ、その不快感が遠のいた気がした。




