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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Prequel<B>,『セピアの過去』
330/476

330,

<α0211>戦線歴2013年7月5日


「……」


「ヨツハ、そろそろ戻りましょう? また戻ってくればいいのだから」


 ――視界の隅に映り込んだ時計が日付を跨いだことを告げる。沈んだ金属音が響く。コンクリートの塊のような建物。いやに反響が耳に残る。

 壁に背を預けて立っていたアザレアの声に、俯いたヨツハは首を横に振った。


「……いやだ」


「気持ちはわかりますわ。でも、」


「帰りたいならアザレアだけで帰って」


 ひんやりと凪いだ平坦な声。いつものヨツハからは想像もつかなかった。


「はあ……」


 ――まったく、どいつもこいつも大馬鹿者ばかりね。


 隣に立ち尽くすヨツハをひとまず無視して、アザレアは目の前の光景に目を移した。

 数人の作業服を着た人間たちが、部屋の真ん中に据え付けられた台のまわりを行ったり来たりしている。

 ――人一人がちょうど寝転べるサイズの台。その上に横たわる金属の部品の山。ばらばらに引きちぎれた欠片に、わずかにこびりつく焦げた人工皮膚(スキン)


 そこからはみ出る赤みがかった茶髪の束は、アザレアのよく見知ったものだった。


 ――『敵方の爆撃を食らった。ギルバートは、隊の先頭を走ってた奴らを庇ったんだ。お陰で死人(スクラップ)は出ていない……四肢がちぎれただけ(・・)で済んだことを、むしろ幸運に思うべきだな』


「コレは……壊れた機械人形(スクラップ)ではないのですの?」


 冷静沈着なあのアーティファクトの言葉は、数時間経った今になっても飲み込めない。


 ――『本来なら、死体として戦場に置いてくるはずのモノだった。特別に許可をもらって、本国へ持って帰ってきたんだ』


 なにを隠そう、あの男はさらにこうのたまったのだ。替えがきく、壊れた機械に対する扱いがこうであることも、あの男が南方の機械であることも重々承知しているが――人間かぶれしてしまったアザレアの感性では、その合理性はいまひとつ理解できなかった。


 ――同胞を持って帰ってくるだけの配慮があっただけマシ。と、思うほかは無いのでしょうね


 一旦そう考えることでかろうじて気持ちを保っていた。そうでなければ、ヨツハと同じようにただ俯くだけの腑抜けになってしまう。アザレアはまたため息をついた。


 ――ただ落ち込むヨツハも馬鹿。でも、なにも顧みずに自己犠牲を繰り返すギルだって大馬鹿ですわ……


 重々しい金属の触れ合う音――嫌な音だ。それを聞き流しながらアザレアは再びヨツハを見つめた。


「ヨツハ」


「……」


「しゃんとなさい、ヨツハ」


「――ムリだよぉ」


 蚊の鳴くような弱々しい声がアザレアに返事をした。アザレアは勢いよく鼻を鳴らす。


「ギルは死んでいませんわ。なにをクヨクヨする必要があるんですの? 貴女の気持ちもわかるけれど、人間とアーティファクトとじゃ丈夫さが違うんだから、安心なさい」


「わかってるよ。わかって、る……けど」


 俯いた彼女が唇を噛んでいるのが、露わになったうなじを透かして見えるような気がした。

 僅かな沈黙。再びそれを割いたのはアザレアだった。



「――貴女が好きになったのは、誰かのために戦うことしか許されていなくて、それなのにこれだけバラバラになっても死ぬことすら出来ない哀れな機械ですわ」



「……」


 ヨツハが顔を上げる。潤んだ黒い相貌を、アザレアはしっかりと見つめ返した。


「前、ヨツハは言いましたわね――機械に、無機物に恋をするのはおかしいって。貴女、そんなことを言っている場合ですの?」


「っ……」


 ヨツハはアザレアの言わんとしていることに気づいたようだった。静かなアメシストの瞳がじっと見つめる。


「ワタクシたちアーティファクトは、貴女たち人間とは違う。今この場に爆弾が降ってきたら――ギルと同じような目にあったら、貴女は死んでもワタクシたちは生きてしまいますわ。――ねえ、ヨツハ。今この状況で、一番生命の存亡が危ういのは貴女なんですのよ?」

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