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<α0211>戦線歴2013年7月4日
「アザレアっ!」
――ギルバートと最後に顔を合わせてから、もうすぐ三年になろうとしていた。
激化する対北方戦線。それに伴うアーティファクトの大量生産。かろうじて国の形を保っている《エレブシナ王国》も、今や人間よりもアーティファクトが多いのではないか、と噂されるほどになっていた。
「なんですの、騒々しいわね」
もはや住み慣れてしまったエレブシナ王城前のプレハブ小屋。廃墟と化した城を背景に、王国国境の最北端となってしまったこの土地で、人々は細々と生活している。
アザレアは洗濯物を干す手を止めない。
――いつから、ワタクシは家政婦になったのかしら?
疑問だけが胸の奥を突いた。
「あ、ここに……いた、アザレア」
「ずっとここにいますわよ。それで? 要件は手短に述べてもらえるかしら」
プレハブ裏手の小さな空き地に、息を切らしたヨツハが転がり込んでくる。この暑い中走ってきたのだろう。汗で張り付いた前髪が風でなぶられておかしな形に落ち着いている。両手に抱えた配給の袋が、また一段と小さくなっているのが嫌でも目についた。
「今、そこでエレブシナの兵隊が広報してたんだ……最前線に出てたエレブシナ第一隊が、戻って来てるって!」
「……ええっ!?」
アザレアは思わず手に持っていたシャツを取り落とす。
当たり前だった。だって、ヨツハの言葉が意味していることは――
「戻って、来たんですの?」
「そうだよ、戻って来たんだよ……ギルが!」
ヨツハの叫び声は青空に吸い込まれていった。アザレアは無言のままバタバタと表に出る。
「城の外門の方にもう帰ってきてるんだって。行こ、早く!」
ヨツハとアザレアは、外門に続く真っ直ぐな道を全速力で駆け下りていく。周りには同じように帰還した兵を一目見ようと押しかけている者たちが集まっていた。
「ギルー! ……あれ? どこにいるんだろ」
「見当たりませんわね。おかしいわ、彼はものすごく目立つのに……」
ごちゃごちゃと集まったアーティファクトの群れ。その中に、何故かギルバートの姿は見つからない。
基本黒髪で統一された南方のアーティファクトたちの中で、ギルバートの髪色は目立つ。背の高さも相まってアーティファクトの集団の中で彼を見失う可能性なんてまず無い――はずなのだ。
「ど……どうして、なんでギル……」
小さなヨツハの声。最悪の可能性がちらりと胸の奥をよぎった。彼がこの三年どこに行っていたのか――それを思うとアザレアは嫌な冷たさが背中を伝っていくのを感じる。
「君たちは……確かギルバートとよく一緒にいた――」
不意に後ろからかけられた声に、アザレアは慌てて振り返る。どこかで見たような顔だった。
「ああ、貴方ギルと同じ……」
「そうだ。まさか、ギルバートを探しているのか」
ギルバートとは似ても似つかない冷たく平坦な声。――アザレアこそそれを見抜いたが、彼女以外の誰が彼をギルバートの“同型機”だと思えただろうか。
いかにも南方のアーティファクトらしい能面にほんの少しの陰りを見せて、彼は首を横に振った。
「ギルバートはここにはいない」
「え? どういう……こと?」
引きつったヨツハの表情をそのアーティファクトはじっと見つめていた。無言にしびれを切らしたのか、ヨツハが語気を強める。
「ねえ、ギルはどこにいるの? まさか……ねえ、そんなわけないよね」
「あいつが死んだかどうかということか。あいつは、別に死んではいない」
あけすけな物言いにヨツハは一瞬目を丸くする。が、すぐにその表情はほんの僅かに明るくなった。
「ちゃんと戻ってきてるんだね? じゃあ……ギルはどこに」
ヨツハに詰め寄られてもそのアーティファクトはいたって冷静だった。静かな瞳の色だけがギルバートとよく似ている。
「エレブシナ王城の裏手に、仮設だが機械技工士の詰め所があるのは君たちも知っているな――ギルバートはそこにいる」