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「ワタクシに……ですの?」
ギルバートと<α0211>は思わず顔を見合わせる。ヨツハはもじもじと小さく縮こまった。
「だって、ギルは名前で呼べるのにお姉さんは“お姉さん”って呼び続けるの、おかしいじゃん。識別番号を呼ぶのもなんか変だし」
「なるほど? まあ……確かに」
ギルバートもヨツハの言葉にうなずく。<α0211>はよくわからなそうに首を傾げた。
「そんなの――好きに呼べばいいんですわ」
「……いいの?」
「むしろ、なにを嫌がる必要があるんですの? ヨツハのことだから、別に変な名前をつけたりしないでしょう?」
ヨツハはその言葉に、少し驚いたように目を見開く。
「そんなこと、微塵も思ってないけど……その信頼はどこから来るの?」
「信頼……まあ、そうね。ヨツハはおかしな子だけれど、常識があるのは知っているわ」
「ははっ! 『おかしな子』ね〜」
ニヤニヤと笑うギルバートにヨツハは頬をふくらませる。
「うるさい! ギルのバカっ」
「うえ!? ひっどーい……やっぱ常識ないよ、この子」
「はいはい、茶化さないでくださる? ……それで、なんて呼んでくれるんですの?」
ギルバートを睨んで首を傾げる<α0211>。その紫の瞳はじっとヨツハを見つめている。
「え……えっと……」
「……」
「……もうちょっと! もうちょっと考えさせて!」
「えー、なによそれ。ちょっと期待しちゃったじゃないですの」
呆れたような<α0211>の言葉に、ヨツハは必死に首を横に振る。
「ちゃんと考えたいの! だって責任重大じゃん、名前なんて……」
「そんなに気負うことじゃありませんわ」
「そうそう。アーティファクトの名前なんて……俺のみたいにテキトーでいいの」
「よくないよ!? だって……だって、お姉さんはあたしの大切な人だから、テキトーは駄目なの! だから待って!」
「……」
ヨツハの言葉に<α0211>は静かに微笑む。その優しげな表情を、ギルバートは横目でそっと一瞥した。
「……はいはい。ヨツハの好きになさいな」
眉間に皺を寄せて唸り始めたヨツハの横顔を見て、<α0211>は笑う。
静かに夜が更けていった。
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「優しいね、ヨツハは」
焚き火を囲んでの会話から数時間。テントの中で眠るヨツハの寝顔をぼんやりと眺めていた<α0211>は、笑いを含んだギルバートの声に顔を上げる。
「……男子禁制」
「嘘つけ。この前は入れてくれただろ?」
苦笑しながらも、律儀にテントの外で待っている彼にため息をついて<α0211>も外に出る。ゆったりとした風に顔を上向けて、二人はなんとなくそこに腰を下ろした。
「期待したんだ。ヨツハが名前をつけてくれるのに」
「なにか悪いかしら?」
「いや。君らしくないな〜と思って」
ギルバートは静かに微笑む。今にも燃え尽きてしまいそうな弱い焚き火の明かりに、その横顔はぼんやりと浮かんでいる。
「ワタクシの何がわかるんですの?」
「ん〜、正直なんにもわかんないけど。でもさ、君が人間に対して何かを期待するほど、おめでたい性格をしているとは思えない」
違う?
首を傾げるギルバートに<α0211>はため息をつく。
「貴方も、所詮はアーティファクトなのね」
「そうだね」
「……たしかにワタクシは、人間になにかを期待できるほどに純粋じゃないですわ。でも、ヨツハは純粋だから」
信頼といえるほど確かなものでもなく、でも信じていないわけではない。
曖昧な感情を“期待”という言葉に包括して、その根拠を相手が純粋だからということにした。汚れていない、積もりたての雪みたいな白さに――<α0211>は淡い羨望を抱いてたのだ。
「そう」
「なにか悪いかしら?」
「……いや?」
ギルバートは<α0211>の答えに納得がいったのか立ち上がる。
かさりと、最後の光を投げて黒く緩んだ薪が崩れた。
「それでいいと思う。君も、思った以上に純粋だよ」




