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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Prequel<B>,『セピアの過去』
312/476

312,

<α0211>戦線歴2001年5月7日


 《帝州》で有名な『桜』という花の見頃はとうに過ぎた。本格的に戦闘が激しさを増す中、それでも彼女たちは歌い続けている。


「だから〜、もう少しビブラートを効かせられないのかって言ってるの!」


「そこはまっすぐ歌うからいいんですわ! 相変わらずわからない小娘ですわねっ」


「歌い方が古臭いんだって! 化石なの?」


「はあ!?」


「……はいはい、そこまで」


 いつもの通り――そう、もはやいつもの通り、ヨツハと<α0211>は喧嘩をしていた。些細な意見の対立は小競り合いになる。仲がいいのか悪いのか。そんな二人を止めてくれるのは――


「<α0211>は歌のプロだから、ヨツハはちゃんと彼女の意見を立てるべき。でも、<α0211>も一緒に歌ってるんだからヨツハの意見を聞くべき」


 瓦礫の山に腰掛けていたその人物がいたって冷静に二人を諫める。黙った二人に、その青年は微笑んだ。


「そうじゃない?」


「……まあ、そうだけど」


「あーあ。『ギル』のど正論パンチは痛いですわ〜」


 むっと唇を尖らせるヨツハと、やれやれと肩をすくめる<α0211>。彼は苦笑した。


「『ど正論パンチ』ね。まあ、あくまでも俺の意見だから、ふたりは好きにすればいいと思う」


「なんだかんだで、ギルの言った通りになるんだよな〜」


 大仰にため息をつくヨツハにギルは笑う。ほのぼのとした会話は、ここが戦場であることを忘れさせてくれるようだった。

 ――そもそも、二人が“ギル”と呼ぶ彼は、本当の名をギルバートといった。少し赤みがかった茶色い髪が特徴的な、でもどこにでもいそうな二十歳くらいの青年に見える。

 すっかりぬくくなった風が頬をかすめる。不意に<α0211>が何かを思い出したように手を打った。


「思い出しましたわ。そういえば、昨日失くした(・・・・)右腕はどうなったんですの? ギル。流石のワタクシも、あれにはびっくりしたのだけれど」


「ああ! そうだよアレ、結局どうなったの?」


 ヨツハの慌てた様子にギルバートはぱっと右腕を上げて動かして見せる。滑らかに動く五指は――つい昨日、戦闘中に起きた爆発で吹き飛んでしまったようには到底見えなかった。


「全然平気。むしろ調子がいいかな」


 “ギルバート”というのはあくまでも呼び名で、個体識別番号は<β1327>。戦闘に特化した最新機種で、機関銃を現身として持つ――つまるところ、彼は機械人形(アーティファクト)だった。


「ヨツハが泣きそうな顔で飛びついてきたときにはマジで驚いたよ。機械なんだからこのぐらい平気だし、すぐに直せるんだからさ」


「でもでもっ……心配は心配じゃんか。万一、直らなかったらどうするつもりだったのさ!?」


「まあ、生きてたし。直んなかったら、そのときはそのときだ」


 ニヤリと笑って頬杖をつくギルバートに、<α0211>はため息をつく。


「……よくもまあそんな減らず口を叩けるじゃない。感情データ初期化してさしあげるわ」


「やめてくれる? ここまで自然に話せるようになるまで、結構かかったんだから」


 ギルバートは<α0211>から逃げるように立ち上がるとにへらと笑う。と、その表情が一瞬固まった。


「「?」」


「あー……そろそろ行くよ。招集命令がかかった」


「――あらそう」


「えーもう? 気をつけてね、ギル」


 ヨツハの心配そうな表情に、ギルバートは彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。――その表情は、これから戦場に赴く者とは思えないくらいに穏やかだった。


「死にはしないから安心しなよ。あと、俺が怪我して帰ってきてもこの前みたいに飛びつくのは無しね。危ないから」


「はあ……この前もそう言って、そして腕が消し飛びんでいましたわね。どうせ大して強くないんだから、程々に頑張ってくればいいんですわ」


「手厳しいな」


 ギルバートの表情を見上げて<α0211>は鼻を鳴らす。剣呑な紫色の瞳が、ひたりと彼を見据えていた。


「意味もなくヨツハを心配させるからですわ。今日の戦いは、五体満足で帰ってこなかったら承知しませんからね」


「……はいはい」


 降参、と言わんばかりに両手を肩の辺りまで挙げて、ギルバートはニッと口角を上げる。


「じゃあ、行ってくる」


 軍靴の足音が遠のいていく。季節は初夏――戦闘が最も活発になる時期へと向かおうとしていた。

ギルバート

南方軍部の最前線で戦うアーティファクトの青年。南方製の新型機でありながらしっかりとした“感情”を持っており、ヨツハと<α0211>の歌のファンの一人でもある。

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