306,
「ちょ、アザレア? 落ち着けって」
突然声を荒らげたアザレアに、アキラが宥めるように彼女の背中を撫でる。アザレアはしばらく虚空を睨みつけていたが――やがて、またへたりとうなだれた。
「サイアク……もういやよ、こんなの」
「これは、相当参っているな。情緒がおかしくなっている」
ちらりと横目でアザレアの震える肩を眺めて、イツキはふっと息を吐く。アキラが困ったように頬を掻いた。
「なにか言われたのか? その、暴動を起こした連中に」
「……外部のアーティファクトに対する抑止力にならない“兵器”なんて、もう棄ててしまえと言うんですの。そもそも、戦争を起こして世界を崩壊させてしまったのはアーティファクトなんだから――そんな奴らをわざわざ“首都”の中で飼っておく必要はないって。“首都”を守るという職務を全うできない機械なんか……壊してしまえって……」
言葉の端々に悔しさが滲んでいる。今にも泣き出してしまいそうなその声に、アキラは眉を下げた。
「アザレア……」
「アーティファクトが戦争をして世界を崩壊させた……? ふざけるのも大概にしなさいっ! 人間たちが蒔いた種でしょう?」
「……」
震える怒鳴り声にアキラもイツキもただ黙る。ドレスのスカートを握りしめる手に、ぎゅっと力が入った。
「ワタクシたちが、あの戦争の惨劇に後悔もしていないと? 大切な人たちを、みんな死なせてしまったのに……なにも思わないわけないじゃない。だから今、もう失わないために必死になっているっていうのに、ワタクシたちがそこまで愚かな存在に見えるの? アーティファクトとはそんなに必要のない存在なの? だったら……だったら、最初から造らないでよ……ワタクシなんて、いらないじゃない……っ!」
鋭い叫び声は、誰もいないロビーに響き渡った。伏せられた顔。髪の隙間から弱々しい声が聞こえる。
「サイアクですわ……人間に対してこんなふうになってしまう、ワタクシが一番サイアクですわ……」
小さな嗚咽。機械であるから、目から涙なんて流れないのに――それなのに、胸の詰まるような泣き声を零すアザレアの肩を、アキラは静かに撫でた。
「アザレア……。今日の暴動、アザレアはちゃんと市街の治安を守るために動いたんだろ? アザレアも誰も、自分の職務を全うしていないやつなんていないよ」
「っ……うう」
「そりゃさ、人間から見れば外部のアーティファクトも“兵器”もみーんな、おんなじようなアーティファクトにしか見えないんだよ。――てか、実際はそうじゃん?」
「……」
ぐずぐずと背中を丸めるアザレアに、アキラは笑う。
「人間の悪口言ったって何したって、直接誰かを傷つけなければいいじゃん? それも許されなかったら、ほんとに壊れちゃうって」
「――人間を襲い始めたら最後、それは外部のアーティファクトと変わらない。それをここまで抑えて帰ってこられたんだから、お前が最悪ってことはないだろう」
アザレアに目を向けないままイツキもうなずく。おずおずと顔を上げる彼女の目は、少し穏やかな色を取り戻していた。
「……うう、ごめんなさい。思っていた以上に、追い詰められていたみたいですわ」
「本当に珍しいな。思い詰めるタチじゃねーだろ、お前は」
サイスの刃先をぼんやりと眺めながら、イツキは首を傾げる。アザレアは静かに苦笑した。
「今のこの状況に……どうしても、昔のことを思い出してしまうんですの」
「昔のこと?」
「いま起きている暴動も、市民の疲弊も――“大戦”が終わった直後の南方地域によく似ているんですわ」
ぎゅっと細い手が握りしめられる。アキラは首を傾げた。
「そうなのか?」
「ええ……まるで、同じ時間を何回も繰り返しているみたい」
伏せられた紫色の瞳に静寂が映っている。その昏い色が、彼女が今まで見てきたものだった。
「苦しいことも嫌なことも、アーティファクトのせいにしてしまう。百年前と同じですわ。あまりにも似すぎていて――怖いくらいに」
――静寂。夜は更けていた。窓から見える切り取られた夜空。星の見えないそれを、三人の視線がそっとなぞる。
あまりにも、昏かった。
「どうして……どうして、」
この世界は、こんなにもイジワルなのかしら。
Chapter9,はこれで完結になります。ここまで読んできてくださった読者の皆様、本当にありがとうございました!
次回、再び番外編でこの世界の過去について触れていきたいと思います。誰のどんな過去なのか、それが未来にどう影響してくるのか……
少しずつこの世界の核心に迫っていこうと思っています。どうか最後まで、応援よろしくお願いします!
それではまた明日お会いしましょう




