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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter9,『過去に続く道』
305/476

305,

<><><>



「――ああ、面白くなってきた」


 口元が緩んで仕方がない。

 手元に浮いている仮想画面を消す。さっきまで、はっきりと音声が聞こえていたのだが、もうすっかり静かになってしまった。


「そうか……我が親愛なる“ギフト”は、とても聡明な子なのだな」


 目を瞑る。瞼の裏を銀色の自動伝書機(キャリアー・ピジョン)が横切っていった。あの自信満々な、優秀な彼はもう戻ってこないようだ。


「可哀想なことをしてしまった。でも、君は役に立ったからね」


 ――君は、私たちにたくさんの情報をもたらしてくれた


 “兵器”の軍議や日常の何気ない会話。その全てに“首都”を攻略するための情報が散りばめられていた。

 そしてもちろん、我が最愛の“ギフト”についての情報も。


「まあ、流石に今回は私の詰めが甘かったようだね」


 まさか自動伝書機(キャリアー・ピジョン)が暴走を起こしてしまうとは。まさか“ギフト”がこうも簡単に作戦を看破してしまうとは――


「ふふ……ああ、楽しい。ますます会うのが楽しみになってきたよ、“ギフト”」


 唇を指先で撫でる。潤んだ甘い香り。

 すべては最善の《未来》へと向かうための前座に過ぎなくて、これはすべてを幸せな終わりに導く茶番劇だ。


「あの場所に帰る。それこそが……この『耳』で聴いた最善の《未来》」


 ――『帰りたい』


 胃の腑を焼くような焦燥。喉の渇きに似た欲求。何千、何万と聴いてきた《未来》が、声を揃えて『帰れ』と叫んでいる。

 それが、最善の《未来》に繋がるのだ、と。


「もう少しだ。あと、もう少しで……」


 脳裏に焼き付いて離れない、どこまでも続く青々と美しい大地。あの場所へ、もう一度帰りたい。

 もう一度会いたい。愛すべき仲間たちに、民たちに、制作者(マスター)に――


「ああ……そういえば、懐かしい声も交じっていたな」


 吐息混じりの微笑み。傍受した音声データは膨大な量になっていたが――その中のひとつが、まるでたった今聞こえているかのように耳元で再生される。


「懐かしい声だ。いつまでも変わらない……優しい声」


 鮮明に覚えている。少なくとも、自分は。

 半ば諦めていたというのに、まだ生きていてくれた。でも、あのとき聴いた《未来》の通りになってしまったのだろうか。


「もうすぐ会うことができそうだ。永らく待った甲斐があった」


 星の数ほど耳に触れてきた、数えきれない量の《未来》の可能性。その中でもとびきりのたった一音を、今まさに掴もうとしている。

 寒色の口紅(ルージュ)が妖しく微笑みを浮かべた。



<><><>



 ――“首都”への攻撃は日に日に激化していた。

 敵の数も攻撃も、全てが目に見えて増えている。ほんの数ヶ月前まで『遺物境界線(レリックボーダー)』まで百メートルのところでとどめていた対アーティファクト戦の最前線も、今はボーダーぎりぎりを掠めている。

 いつ瓦解するかわからない“首都”の防衛機構に、“兵器”たちだけではなく一般の市民たちもまた、疲弊してきているようだった。



「……クッソ、」


 境界線基地(ボーダー・ベース)のロビー。入り口の近くにしゃがみこんで短い仮眠をとっていたアキラは、口汚い声の主を見上げる。


「おかえり、アザレア」


「ただいまですわ。……ったく」


「今日は、えらく荒ぶっているな」


 アキラの隣で大鎌(サイス)の手入れをしていたイツキも横目で彼女を見上げる。アザレアはしばらくぼんやりと二人を見つめて――


「もう、駄目ですわ……」


 弱々しく呟くと、二人と同じように壁に背を預けてしゃがみ込む。伏せられたその表情は、淡く垂れた金髪に隠れて見えなかった。


「お、おい? アザレア」


 へなへなと崩れ落ちたアザレアに、アキラは驚いたように目を丸くする。


「なにかあったのか」


 サイスから目を離さないままのイツキの問いに、彼女は伏せていた顔を上げた。


「毎日のように避難命令が出て、街の人たちも疲れ果てていますわ――そんなこと、よくわかっていますの」


 ぶんぶんと頭を振ってアザレアは低い声で呟く。アキラとイツキはお互いに顔を見合わせた。


「よく……わかっているのだけれど――でもね! この“首都”を……守っているのは、いったい誰だと思っているのかしら!? わざわざワタクシたちの仕事を増やして、脳みそが無いのかしらあのゴミクズ共は……っ」

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