302,
「シオンっ!?」
アキラの叫び声がロビーに響き渡る。喧騒の中、入り口から現れたのは『遺物境界線』外周の西側を警備していたシオンとカインだった。
「アキ……にい、」
黒い泥と機械油にまみれたシオンが、ぐったりと動かないカインに、ほぼ担ぐようにして肩を貸していた。膝をついたシオンの体をどうにかしてアキラが支える。彼女の体は傷だらけだった。
「何があった? どうして……こんな、っ」
「診せてください」
切羽詰まったアキラの声に天音が駆け寄ってくる。手に持った重い工具箱を荒々しく床に下ろして、彼女はシオンの顔を覗き込んだ。
「……パーツの欠損はありませんね?」
「たぶん、だいじょう、ぶ……でも、カインが」
「“本体”を貸してください。カインさんより、あなたのほうが損壊が大きいですから」
冷静な天音の声に、シオンは背中から“本体”を抜く。受け取ったそれに早速修繕を施しながら、天音はちらりとアキラを見た。
「早く燃料補給に行ってください。今にも死にそうな顔をしていますよ?」
「え……でも、」
「アキにい、大丈夫だから」
シオンは体を起こして微笑む。アキラは躊躇うように眉を寄せたが――そっとシオンから手を離すと、ふらふらと歩いていってしまった。
「ごめん、先生……なおる、かな?」
「当たり前です。それより、何があったのか教えてもらってもいいですか?」
顔を上げないまま尋ねる天音。忙しく手を動かすその様子を、シオンはじっと見つめていたが――やがて息を吐き出した。
「カインが……なんかよくわかんないんだけど、急に暴れ始めて」
「……カインさんが?」
首を傾げる天音に、シオンはうなずく。不安が滲む榛の瞳が、カインを見つめていた。
「ボーダーの西側を警備しながら、あれこれ話してたんだ。そしたら――急にカインの様子がおかしくなって……」
「様子がおかしく?」
「頭が痛いって言い始めて……ベースに戻ろうとした時、急に“本体”であたしに斬りかかってきたんだ。抵抗したんだけど、カインの体を傷つけるわけにもいかないから」
しょんぼりとうなだれるシオン。天音は再びシオンの“本体”に目を戻した。
「それで、こんな怪我を……」
「とりあえず、素手で殴って止めてある。ちょっと、どこに当たって電源が落ちたのかはわかんないんだけど……うう、変な壊れ方してたらどうしよう」
「……どのみち、カインさんも怪我をしているみたいですから――傷のひとつやふたつ増えたところで、直すのにそんなに支障はありませんよ」
気がつくと、素早く動く天音の手の中で、部品のいくつかがばらけてしまっていた機械長弓は元の姿を取り戻していた。天音はようやくまともに顔を上げると、直したばかりのそれをシオンに差し出す。
「ひとまず応急措置しかできていないので、またメンテナンスをしましょう。小さな傷があまりできていなかったのが不幸中の幸いでしたね」
「ありがとう、先生」
現身を試すように動かしながらシオンは笑う。天音は彼女の肩にもたれかかったままのカインに目をやった。
「さて、問題はこっちですが……」
硬い床に仰向けに寝かせる格好で、天音はカインの体を舐めるように観察する。
「急におかしくなった……暴れ始めた……頭痛」
口から零れ出る思考は、ぐるぐると頭の中を駆け巡っている。こんな状況にひどく既視感があった。
――何回もこの手を使うなんて
「学ぶということを知らないのか?」
天音は深く深呼吸をすると、カインの“本体”に手を当てる。鈍く光る長剣。そのひんやりとした《セイレント鉱》製の剣身を指でなぞって、天音は目を閉じた。




