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冷たい夜風。一様にシャッターを下ろした店舗が並ぶ市場は、僅かな街灯の明かりが仄暗く照らしていた。
「……このあたりでいいだろう」
不意に立ち止まったイツキに、他の二人も足を止める。イツキはふっと息を吐きだして目を閉じた。
「……」
「どうだ?」
アキラの問いに紅い目が開かれる。イツキは右手を持ち上げて、建物のとある一点を指さした。
「ローリエだ。この先の……多分裏通りかなにかがある一角」
「近づけばどの建物かもわかりますわね」
「ああ」
イツキがうなずくと、アザレアは両手を胸の前で開く。その手の中に現れた二挺拳銃に弾を込め始める彼女に、アキラは薄く笑った。
「殺意たっけーな」
「あら、そんなことないですわ」
淡い口紅が歪む。昏い瞳の色に、アキラは肩をすくめてみせた。
「殺したらダメだからな」
「殺そうなんて思っていないですわぁ……ただ、脅しのために撃ったら、当たってしまう不運な方もいるかもしれないってだけで」
「それを殺意っていうんだ」
イツキは呆れたようにため息をつく。ふふん、と愉しげに笑うアザレアに、アキラもにやっと笑う。
「まあでも、マスターや阿久津さんをあそこまで苦しめてんだ。ちょこっと痛い目を見させるくらいなら、むしろ奴らには必要かもしれないなぁ……」
「……それは否定しない。所詮罪人になる人間だし――殺さなければいいか」
結局はイツキも、昏く笑う二人に同意するようにうなずく。止めることができる者は、残念ながらここにはいなかった。
「まったく、嫌になってしまいますわ〜! アーティファクトが必要ないというのなら、最初から造らなければいいのにって――時々思ってしまいますの」
「それで人質を取るとか、そういう卑怯なことしかできないとこが嫌なんだよな。四都同盟の同盟会合のときも思ったけど、暴力でどうにかなるっていう短絡的な考えが気に食わない」
周囲を警戒しながらのアザレアの言葉に、アキラもうなずく。
「……まあ、俺だってそうだけどさ」
しかし、すぐにしゅんと目線を斜め下に落とすアキラ。そんな彼にアザレアは微笑んだ。
「貴方は短絡的ではありませんもの。脳筋で、バカで、腕っぷしだけで生きていますけれどね」
「それ慰めてるつもりか? ますます落ち込むわ、そんなの」
がっくりと肩を落としながらも、その声はどこか笑っているように震えていた。アザレアはふっと息を吐きだして伸びをする。
「さーてと。今まで誰一人、“首都”の人間を死なせたことがないワタクシたちが……こんなところで“兵器”の看板に泥を塗る訳にもいきませんものね」
「この先の建物で間違いない。さっさと終わらせよう」
イツキの声に呼応するように、数人の人間の気配が空気を通して伝わってくる。三人は口をつぐんでお互いうなずきあうと――夜の闇に溶けて行動を始めた。
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「……あぶね」
囁いて瀬戸は壁に背をつける。
――すぐ横を人影が歩いていった。
「っ、」
「しー」
ローリエは慌てて口を両手で覆って塞ぐ。瀬戸は唇の前に人差し指を立てて、こくりとうなずいた。
「もう少し先に行こう。出口は多分こっちだ」
建物の構造的に、出入り口にもう少しで辿り着けるはずだった。はやる気持ちを抑えて、瀬戸はローリエの手を引いて歩く。
しかし――
「……ここで、なにしてんだぁ?」
「っ!? しまった、」
不意に目の前が白く飛ぶ。真っ暗だったはずの廊下には明かりがつけられ――すぐ目の前に、あのそばかす顔の青年がにちゃりとした笑みを浮かべて立っていた。




