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「それで、戦況は?」
首都中枢塔一階。広々とした広間に、穏やかな声が響いた。
「今週の襲撃は一回。『遺物境界線』の南東部およそ三百メートルの位置に出現し……無事、撃退いたしました」
ゲンジはいつものだみ声で、ただ淡々と報告をする。――周りに座る、元老院の面々には緊張が走り、目の前の人物……的場は目を細めた。
「……詳しく」
「数は正確には集計できておりませんが……おそらく、百から百五十くらいかと」
答えたのは、ゲンジのそばに控えていたローレンスだった。
「量産型の『Ⅰ型』アーティファクトが主でしたが――その中に『再構築製造機』がありました」
「『リサイクラー』?」
的場の疑問に、ローレンスはうなずく。
「かつて、北方軍で使用されていたアーティファクトです。一定量のアーティファクトの残骸から、新しいアーティファクトを産み出すことが出来ます」
ローレンスの言葉に、元老院のメンバーがざわつく。しかしそのざわめきは、的場が口元に人差し指をやることによって、瞬時に止む。
「続けて」
「――これはあくまでも見立てですが……形状からおそらく、第一次機械戦争以前に製造されたものであるかと」
「……詳しく知りたいな。復元は出来ないのか?」
ローレンスの曖昧な物言いに、的場は首を傾げつつもそう尋ねる。ローレンスは一瞬口籠った後、続ける。
「申し訳ありませんが……当の機体が残っておりませんので」
「――それは、何故」
ここで口を開いたのは、ヨシュアだった。その問いに、今度はゲンジが答える。
「先日、ベースに寄越していただいた新しい“兵器”が著しい活躍を見せまして。……“精霊の加護”によって一瞬で灰にしてくれましたから」
「プロテクション……。まさか、あの精霊護符か?」
阿久津が目を丸くする。ローレンスがうなずいた。
「はい。配備が完了し、滞りなく任務を遂行しています。分かりきっていることですが、性能も申し分ありませんので」
その言葉に、阿久津は瀬戸と顔を見合わせる。的場がふっと微笑んだ。
「なら良かった。……こんなこと言えた義理じゃないけど、みんな仲良くね」
「分かっていますよ。――じゃあ、そろそろ失礼しますね」
ローレンスは呆れたように肩をすくめて、一礼するとその場を去っていく。ゲンジもその後に続こうと振り返る。と、
「……天音殿は、お元気ですか――?」
不意に後ろからそんな言葉が聞こえて、ゲンジは立ち止まる。
ヨシュアがこちらを見ていた。
「ええ。これといった問題もなく、修繕を続けてくれていますが」
「そうですか。なら……良かった」
お引き止めして。とヨシュアは頭を下げる。ゲンジは不思議そうな顔をしながらも、今度こそ大広間を出ていった。
「――そんなに気になるのなら、会いに行けばいいのに」
“兵器”たちの後ろ姿を見送って、的場が微笑む。ヨシュアは目を閉じた。
「その資格は……私にはありませんな」
「そうかな?案外、修繕師殿は気にしないんじゃ無いかな」
むしろ。と的場はヨシュアの顔を覗き込む。
「あのときセナトスとして働いてたのはヨシュアだけだったんだから……きっと、君の話を聞きたいと思うんじゃないか?」
優しげに目を細める的場に、ヨシュアはわずかに微笑む。
「――あのとき、ニ人を守れなかったのもまた、私です。……恨まれていても当然、というほどですな」
静かな声の中には、僅かな諦めと……悲しみがこもっていた。
大広間を、穏やかな沈黙が満たした。