289,
<><><>
「阿久津さん、その無線機を貸してください」
「あ、ああ……」
訝しげな表情を浮かべながらも、阿久津は手の中のトランシーバーを天音に手渡す。彼女はそれを受け取って、色々な方向から舐めるように眺めた。
「古い型のものですね。拾える電波の周波数も限られていて、通信距離もそんなに長くないものです。少なくとも、相手が“首都”の中にいないとノイズのせいでまともに会話もできません。人質が“首都”の中にいることは、ひとまず確定ですね」
「そんなことはわかっている」
イツキがため息をつくと、天音はキッと彼を睨みつけた。
「せっかちですね、まったく……焦らなくても、もっと範囲は絞れますよ」
呆れたような声とともに、天音はトランシーバーを両手でぎゅっと握りしめ目を閉じる。――次に目を開いた時、それは刃物のように鋭く研ぎ澄まされた光を放っていた。
「さあ……ちゃんと言う事聞いてね」
――低い囁き声。ふっと、天音の纏う空気が変わる。呆気にとられる阿久津とスグルをよそに、桜色の唇が不思議な響きを帯びた言葉を紡いだ。
『会話の両端、個と個を絆ぐその終わり……お前の同胞、片割れの居場所を教えて。――これは、“命令”だ』
「こ、れは……?」
歌うような抑揚の付いた言葉。天音から目を逸らせないままスグルが呟く。アザレアがいたずらっぽく笑った。
「《神聖な贈り物》ですわ。先生の手にかかれば、どんな機械だって言うことをききますものねぇ。加護は本当に便利ですわ」
感心したアザレアの言葉に、阿久津は天音に釘付けになる。
すらりと伸ばされた背に大きな蒼色の瞳が煌めく。どこか神々しいオーラのようななにかに、ふわっと白銀の髪が風もないのに揺れた瞬間――耳障りなノイズがトランシーバーから溢れた。
「……西側」
「西側?」
ほろりと天音の口から零れた言葉にイツキが首を傾げる。天音はトランシーバーから手を離して、どこか険しい顔で右手の親指で眉間をぐりぐりと揉んだ。
「はい。えーっと……“首都”の西側の方で、距離的に壁外地区周辺であるということはなんとなくわかりました」
「壁外地区の西。市場の辺りでしょうか?」
ローレンスの問いに天音は少し考え込むようにうつむく。が、すぐに首を横に振った。
「そこまではわかりません。あくまでも、この子の観測ですから――普段喋りもしない機械に強引に口を割らせてみたところで、思うように正確な情報は出てきませんから」
トランシーバーを指さして天音はあくびを噛み殺す。その表情には明らかな疲れの色が滲んでいた。
「すみません……“精霊の加護”を使ったので……ねむく、」
「ここまで絞れていればいける……さっさと探しに行くぞ」
イツキの言葉にアザレアとアキラがうなずく。二人の表情はいつにも増して真剣だった。
「ああ、早いとこ行こう。俺たち三人が動くくらいだったら、敵に補足されることも無いだろ」
「――その、今更こんなことを言ってもあれだと思うのだが……本当に、見つけられるのか?」
にやっと笑うアキラの言葉に、阿久津がどこか不安げに呟く。アザレアが立ち上がって伸びをしながら微笑んだ。
「あら、アーティファクトを舐めてもらっては困りますわ〜。イツキが見つかると言うんですもの、絶対に見つかりますわ。というか……見つからなかったら、それこそ廃棄処分にしてやる」
「物騒だな」
昏く濁った紫色の瞳。低く呟かれたアザレアの言葉に呆れたように応えるイツキ。そんな二人を見て、アキラはにっこりと笑った。
「まあ、ほら。なんだかんだで俺たちも軍部上がりだし? 対人戦はある意味特技みたいなもんだし? たとえイツキが人質を見つけられなくたって……市場をぶっ壊す勢いで探してやりますよ」
にいっと持ち上がった口角に、阿久津は思わず息を呑む。アーティファクトたちは、人間たちのドン引きした表情には目もくれず、どこか歪んだ笑みを浮かべていた。
「だってー、俺たちが守る人間に、手を出す愚か者たちが悪いんだもんなぁ……」




