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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Chapter9,『過去に続く道』
287/476

287,

<><><>



『ザッ……』


 長机の上に置かれたトランシーバーが、にわかにノイズを発する。

 阿久津、そしてロビーに残っていたベースの職員たちは慌ててそれに駆け寄った。


『聞こえているか』


「っ、ローリエっ!」


 スグルの憔悴した叫び声が響く。天音、そして周りにいた“兵器”たちは一様に固唾をのんでそれを見つめた。


『要求の再確認だ。内容は覚えているだろうな』


「待て。その前に人質の無事を確認させろ」


 阿久津がトランシーバを掴んで、犯人の声に応じる。その姿は至って冷静そのものだったが――わずかに無線を持った右手が震えていた。


「要求はそれから聞く」


『……ふん。まあ、いいだろう』


 ぷつっと音が切れる。その場にいる者たちが全員耳をそばだてる中――再び阿久津の手元のトランシーバーが耳障りなノイズを吐き出した。


『阿久津さん!』


「っ、瀬戸、無事か!?」


 無線越しのザラザラとした音声は瀬戸のものだった。阿久津は溢れそうになる感情をぐっと飲み込んだ。


『はい、無事です。ローリエちゃんも』


「ローリエ……大丈夫、なのか?」


『おとうさん!』


 長机に身を乗り出したスグルの掠れ声にローリエの高い声が応じる。スグルが更に言葉を続けようとした瞬間、再び通信が途切れてしまった。


『もういいだろう、無事は確認できたはずだ』


「っ……」


 スグルがうつむく。その苦しそうな表情に、阿久津はぐっと唇を噛んだ。


『要求は、前に行った通り“首都”に配属されている全“兵器”の廃棄だ』


「……具体的に」


『明朝六時までに、起動不能状態にしたアーティファクトを『遺物境界線(レリックボーダー)』の外に廃棄しろ。四十七体すべてのアーティファクトが、ボーダー外で確認出でき次第、人質は開放する』


「……こっちの人数まで把握されてるのか――チッ、誤魔化しはきかないってか?」


 アキラが小さく吐き捨てる。アザレアがくるりと彼を振り返って、不機嫌に唇に人差し指を当てた。


『アーティファクトがすべて確認できない。あるいはアーティファクトが動く状態にあるまま指定時間を過ぎた場合……人質の命は無いものと思え』


「そんな勝手が……通用すると思っているのかっ!?」


 思わず阿久津は声を荒らげる。しかし、無線越しの耳障りな音声は、ただくつくつと笑っただけだった。


『そちらが応じないというのなら、こちらもこちらでそれに見合った対応をさせてもらうまでだ』


「……っ」


 歯ぎしりの音。トランシーバーを握る手にぎりぎりと力がこもる。


『『反機協会』からの要求は以上だ。……人質の命を、常に考えて行動することだな』


 ぷつりと切れた音声の後、またわずかにノイズが交じって静かになった。スグルがへなへなと机に手をかけたまま座り込む。


「マスター、」


「すみません……でも、でもっ、こんなの……あんまりだ」


 慌てて駆け寄るアザレア。スグルの苦しげな呻き声を、“兵器”たちは黙って聞いていた。



「……それで。どーする? ローレン」



 しんと静まり返ったロビー。動かない手の中のトランシーバーを見つめて呆然としていた阿久津は、平坦に凪いだ低い声にはっと顔を上げる。


「珍しいな。怒っているのか?」


「ああ、怒っているな」


 イツキのいつもと変わらない様子の問いに、無表情のアキラが応じる。振り返ったアキラに見つめられるローレンスは、しばらくじっと瞑目していたが――


『“兵器”各員、業務連絡です』


 不意に、“兵器”たちへ向けた無線連絡として声を発した。


『外周警備、及び市街警備、人質の捜索に出ている者は――総員、ベースに帰還してください』


「っ!?」


 ローレンスの言葉に阿久津は目を剥く。

 今の犯人からの無線連絡を聞いていた。そのうえで、“兵器”たちを全員境界線基地(ボーダー・ベース)に呼び集めた。ということは――



「ま、さか……『反機協会』の要求を呑むつもりじゃないだろうな!?」

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