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『ザッ……』
長机の上に置かれたトランシーバーが、にわかにノイズを発する。
阿久津、そしてロビーに残っていたベースの職員たちは慌ててそれに駆け寄った。
『聞こえているか』
「っ、ローリエっ!」
スグルの憔悴した叫び声が響く。天音、そして周りにいた“兵器”たちは一様に固唾をのんでそれを見つめた。
『要求の再確認だ。内容は覚えているだろうな』
「待て。その前に人質の無事を確認させろ」
阿久津がトランシーバを掴んで、犯人の声に応じる。その姿は至って冷静そのものだったが――わずかに無線を持った右手が震えていた。
「要求はそれから聞く」
『……ふん。まあ、いいだろう』
ぷつっと音が切れる。その場にいる者たちが全員耳をそばだてる中――再び阿久津の手元のトランシーバーが耳障りなノイズを吐き出した。
『阿久津さん!』
「っ、瀬戸、無事か!?」
無線越しのザラザラとした音声は瀬戸のものだった。阿久津は溢れそうになる感情をぐっと飲み込んだ。
『はい、無事です。ローリエちゃんも』
「ローリエ……大丈夫、なのか?」
『おとうさん!』
長机に身を乗り出したスグルの掠れ声にローリエの高い声が応じる。スグルが更に言葉を続けようとした瞬間、再び通信が途切れてしまった。
『もういいだろう、無事は確認できたはずだ』
「っ……」
スグルがうつむく。その苦しそうな表情に、阿久津はぐっと唇を噛んだ。
『要求は、前に行った通り“首都”に配属されている全“兵器”の廃棄だ』
「……具体的に」
『明朝六時までに、起動不能状態にしたアーティファクトを『遺物境界線』の外に廃棄しろ。四十七体すべてのアーティファクトが、ボーダー外で確認出でき次第、人質は開放する』
「……こっちの人数まで把握されてるのか――チッ、誤魔化しはきかないってか?」
アキラが小さく吐き捨てる。アザレアがくるりと彼を振り返って、不機嫌に唇に人差し指を当てた。
『アーティファクトがすべて確認できない。あるいはアーティファクトが動く状態にあるまま指定時間を過ぎた場合……人質の命は無いものと思え』
「そんな勝手が……通用すると思っているのかっ!?」
思わず阿久津は声を荒らげる。しかし、無線越しの耳障りな音声は、ただくつくつと笑っただけだった。
『そちらが応じないというのなら、こちらもこちらでそれに見合った対応をさせてもらうまでだ』
「……っ」
歯ぎしりの音。トランシーバーを握る手にぎりぎりと力がこもる。
『『反機協会』からの要求は以上だ。……人質の命を、常に考えて行動することだな』
ぷつりと切れた音声の後、またわずかにノイズが交じって静かになった。スグルがへなへなと机に手をかけたまま座り込む。
「マスター、」
「すみません……でも、でもっ、こんなの……あんまりだ」
慌てて駆け寄るアザレア。スグルの苦しげな呻き声を、“兵器”たちは黙って聞いていた。
「……それで。どーする? ローレン」
しんと静まり返ったロビー。動かない手の中のトランシーバーを見つめて呆然としていた阿久津は、平坦に凪いだ低い声にはっと顔を上げる。
「珍しいな。怒っているのか?」
「ああ、怒っているな」
イツキのいつもと変わらない様子の問いに、無表情のアキラが応じる。振り返ったアキラに見つめられるローレンスは、しばらくじっと瞑目していたが――
『“兵器”各員、業務連絡です』
不意に、“兵器”たちへ向けた無線連絡として声を発した。
『外周警備、及び市街警備、人質の捜索に出ている者は――総員、ベースに帰還してください』
「っ!?」
ローレンスの言葉に阿久津は目を剥く。
今の犯人からの無線連絡を聞いていた。そのうえで、“兵器”たちを全員境界線基地に呼び集めた。ということは――
「ま、さか……『反機協会』の要求を呑むつもりじゃないだろうな!?」




