27,
さっきまで晴れていた。四月の空が曇り始めた。
中途半端に差し込む光の中を、歩いてくる人影がひとつ。
『ザク、』
この時期の『遺物境界線』の外側は乾燥している。
さっきの戦闘で上がった砂煙が、まだ立ち込めていた。
「……こほっ」
天音は軽く咳をすると、外套の襟元で口元を覆う。
「酷い、有り様……か」
――大地を覆う、アーティファクトたちの“死体”。鉄さびと、油と……その他よくわからない焦げ臭い匂いが、あたりに充満している。
天音は死体のひとつの脇にしゃがみ込むと、そっとその体に触れる。
ぐにゃりと外側に曲がった足。引きちぎれ、バラバラになった腕と手。無機質なガラス玉の目を、天音は覗き込む。
「……ごめんなさい」
小さな声でそう呟くと、彼女は千切れた腕を持ち上げる。バラバラと、切断面から金属製の部品がこぼれ落ちた。
――“旧型機”仕様のアーティファクト……
あのタリスマンと同じように、現身が機械として構築されている古いタイプのアーティファクト。
そんな機体を生産できるということは……あのリサイクラーも、相当古い型のものだったらしい。
「これなら……使えそう、」
腕から外したギアは、古いが貴重なものだった。
しばらくの時間、そうやって使えそうな部品をより分けて、持ってきた袋に入れていく。
死体は、よりバラバラになってしまった。
「ごめんなさい……」
――こんなふうに……傷つけてしまって、
「――ここにいたのか」
「!」
不意に後ろから声がして、天音ははっと振り返る。
見たことのある黒いマントを着た人影が、彼女の後ろに立っていた。
「冷静に見てみると……やばい絵面だな、これ」
あたりを見回してイツキは呟く。
「な、んで……」
動揺を隠しきれない天音の声は、僅かに上ずった。
「別に。“拾い物”、とやらに興味があったから」
イツキの声はあくまで冷静だった。
彼はそのまま、天音の隣にしゃがむ。天音の肩が揺れた。
「あんまり……見ないほうが、」
「それは、お前も一緒だろ?」
小さな天音の声に、イツキは呆れたようにため息をついた。
「馬鹿なのかよ……、こんな事、ずっと独りでやってるなんて」
目の前に転がる死体の、ガラス玉の目を覗き込むイツキ。そんな彼の横顔を眺めて――天音はうつむいた。
「こんなの……誰にも見せられないから」
イツキはその言葉に顔を上げ――じわりと目を見開く。一瞬見えた天音の目は昏い色をしていた。
「戦って、殺されて……挙句の果てに待っているのが、こんな惨い運命ですよ。私みたいな愚かな人間たちに作られて、戦わせられて――挙句の果てに待っているのが、その人間にぐちゃぐちゃにされることなんですよっ」
彼女の表情が長い髪に隠れた。その声は微かに震えている。
風がやんだ。
「拾い物をしなければ、“兵器”の皆さんを直すことは出来ない。でも、誰にも……見せられません。こんなの。きっと、皆さんに嫌な思いをさせる……。何より、」
天音は手をギュッと握る。爪が手のひらに食い込む痛みが、震えて途切れそうな彼女の言葉を明瞭にする。
「――そんな詭弁を振り回して、未だにこんなことをしている人間自身が……、醜くて、情けなくて――反吐が出そう」
――何を言ってるんだろう、私は
今まで、誰かにこんな事を言ったことはなかった。なんで今更、こんな――
天音は密かに唇を噛む。微かに鉄の味がした。