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「ぅおーい!ローレンっ」
と、下の方から耳をつんざくような大声が聞こえてきた。
『っ……なんだ、ゲンジ』
ローレンスは大声に顔をしかめて、無線機能をオンにして話す。天音にはただ彼が話しているようにしか見えないし聞こえないが、“兵器”たちには彼の声がダイレクトに脳内に届いているのだろう。
「掃討完了!全部やったぞーっ!」
ゲンジの声に、ローレンスは苦笑する。
『了解。全員、撤退してもらって構いません。……今日中に新たな軍勢が攻めてくるリスクはまず無いとは思いますが、警戒は怠らないように』
ローレンスは指示をし終えると、天音に向き合う。
「安全は大丈夫なんで――下、見に行きますか?」
「そうですね。ありがとうございます」
天音はそう言うと、ボーダーの中に戻っていく。おそらく、中を通って下に下りるのだろう。
そんな後ろ姿を見送って、ローレンスはため息をつく。
「……たとえ、あなたの修繕のせいで――永遠に戦場で戦わなければならないとしても、」
その呟く声は、風に巻き上げられて消えてゆく。
「兵器には……あなたに感謝しか無いのに――」
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「いやぁ〜!見事だったっ!!」
ゲンジのだみ声が、空に響いた。
ボーダーの出口から外に出てみれば、戦闘を終えた“兵器”たちが大勢集まっている。
「スゲーな!『死神』」
「あのデカいのが一撃だったぞっ!?」
どうやら、今回の戦いの一番の功労者をたたえているらしい。……イツキは迷惑そうだけど。
その集団の中のひとり、アキラが天音を見て手を振った。
「あ、先生!なにしてんすか?」
晴れ晴れとしたその声に、天音は密かに手をギュッと握る。
「……“拾い物”をしに」
天音はあからさまに目を逸らすと、少し口籠ってそう言う。アザレアが「ああ」と手を打った。
周りの“兵器”たちも、納得したようにうなずく。
「すみません。皆さんの目につかないとこでやるので……」
「別に、気にしなくってもいいのですわ?」
顔を伏せた天音に、アザレアが優しげに口角を上げる。
「だって、天音先生がそれをしてくれるおかげで……ワタクシたち、生かされてるんですもの」
天音は困ったように眉を寄せる。
「でも……きっと、見てて気持ちの良いものでは無いから、」
天音はボソボソとそれだけ言うと、ボーダーとは逆側に歩いていってしまう。
その背中を見送りながら、今まで黙っていたイツキが呟く。
「“拾い物”って、もしかして」
「お察しの通り、ですわ」
アザレアが肩をすくめ、天音が去っていった方向を眺める。
「敵方のアーティファクトの……残骸から、部品を回収しに行ったのですわ」
「……現代の技術で新しいのは作れない。俺たちの部品は貴重だからな」
アキラが呟く。
――敵の“死体”を拾って、患者たちのスペアの部品として流用する。現代技術における修繕はそれが精一杯だろう。
「天音先生は、アーティファクトに申し訳ないと思っているのですわ」
アザレアが、ぽつりと呟いて目を伏せる。
「アーティファクトの“死体”を流用することが――死者を辱めることになると、なによりそんな部品をワタクシたちに使うということを……。全部、天音先生はいけないことだと思ってるのですわ」
「直してもらえるから、俺たちは別になんとも思ってはいないんだけどなぁ」
アキラがふうっと息を吐き出す。他の兵器たちも口々にそうだと言った。
イツキはそんな彼らから目を逸らすと……なにもない、『遺物境界線』外部の荒野を眺めた。