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レンガ造りの校舎へと続く石畳。耳元で流れていた音楽を止めてイヤホンを外した時、後ろから背中を叩かれた。
「おはよう、リネ!」
「どわっ!?」
その勢いに、背中を叩かれた少年――リネットは勢いよく前につんのめる。
「わ! ごめん」
「っと……大丈夫。おはよ、紘汰」
リネットの視界に満面の笑みが映る。オレンジの瞳と少し長い茶色の髪。大学園の制服にパーカーを着た親友は、彼の隣を歩き始めた。
「なに聴いてたの?」
「『大陸機械史』の自習動画の音声。教授がいなくて休講になってるから」
「うえ? 登校中に? ――相変わらず真面目すぎるって、リネは」
ぎょっと目を剥く瀬戸にリネットは呆れたように苦笑いする。
「君が不真面目すぎるんだって……仮にも、大元帥様の元老院なんだろ?」
「あぁ……えっへへ!」
瀬戸はぺろりと舌を出す。
――こんな彼が、現大元帥に選ばれた史上最年少の元老院であることは大学園の中では有名な話だ。死ぬほど頭がいいのか、それともものすごい人格者なのか――とよく思われるが、実際はリネットの隣でにへらと笑う勉強嫌いなただの少年だったりする。
「ふわ〜、眠い! どれだけ寝ても寝足りないんだよなぁ」
瀬戸はぐーっと伸びをすると学園の校舎を見上げる。眠たげなその横顔を呆れたまま眺めていると――“不真面目”というワードから、不意にあることを思い出した。
「あ、そうだ」
「ん?」
振り返った瀬戸の、オレンジの瞳と目が合う。
「『大陸機械史』、今日から普通に開講されるんだ」
「ほんと? よかったじゃん」
リネが一番好きな科目だし。と笑う瀬戸にリネットもうなずく。
「この学問がそもそも面白いし、なにより教授の話が好きなんだ! 教授がお休みしているって聞いたときはほんとにびっくりしたけど……戻ってきてくれるってことだよね」
リネットは尊敬する教授の姿を思い浮かべる。『高貴なる人々』なのに絶対に偉ぶらないその教授は、『大陸機械史』を学ぶ生徒たちから慕われる優しくて明るい人だった。
「いよいよ機械人形近代史に入るんだ。楽しみだなぁ、アーティファクトって、なんだかロマンがあるだろう?」
「う、ん……そー、だね」
しかし、ワクワクと心を弾ませるリネとは対照的に、瀬戸は困ったようにリネを眺めている。その歯切れの悪い返事にリネットは首を傾げた。
「どうしたのさ、紘汰」
「うん……いや、リネは巫剣 冬馬教授が好きなのか」
「?」
意図のわからない瀬戸の問い。リネットはますます訳がわからなくなる。
「まあ、そうだけど……っていうか、どうして? なんで急に教授の名前をフルネームで言ったの?」
「――んん〜、そっかぁ。まあいいや」
「え? いや、マジでなんなんだよ!」
思わず叫んだリネットに瀬戸は静かに苦笑する。何かを見透かしているようなその表情に、リネットはよくわからないままに口を閉じた。
「紘汰?」
「まあほら。すぐにわかるよ」
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工学科棟は学園の北側にある高い塔を中心としたエリアだ。一階の端に位置する第一講義室に足を踏み入れると、そこはいつも以上にがやがやと騒がしかった。
「あ! リネット、ちょうどいいとこに」
「おはよ……どうしたの?」
ひとところに集まった『大陸機械史』を取っているメンツ。その中の一人がリネットに向かって手招きをした。
「ねえねえリネット、聞いた?」
「何が?」
「今日の講義から巫剣先生の代理のひとが来るんだって」
「え!?」
その言葉にリネットは目を剥く。
「先生どうしたの?」
「わかんない……ほんとにどうしちゃったんだろう」
口々に心配をする友人たちにリネットは不安が募っていくのを感じる。ざわざわと憶測が行き交う講義室。
『ガラッ!』
――不意に黒板の脇の扉が開き、室内がしんと静まり返る。
そこに現れた人物に生徒たちは目を見張った。
リネット・バーンスタイン(17)
種族:人間
瀬戸 紘汰の親友で、大学園高等学科で工学を専攻する少年。巫剣教授を尊敬し、将来は科学者になることを目指している。




