22,
「いらっしゃいませ〜、あ!アザレアちゃん!」
中に入るとすぐ、アザレアに飛びついてくる小さな人影があった。
「おはようなのですわ、ローリエ。あら、今日も可愛いおさげですわね!」
アザレアは、その少女に合わせてしゃがみ込む。
彼女の言葉に、ローリエと呼ばれた少女は嬉しそうに笑った。
「ああ、おはようございます」
店の奥からも声が聞こえて見ると、カウンターの向こうからエプロンをつけた男がこっちを見ていた。
「おはようございます、マスター。今日もいい天気っすね!」
イツキの横で、アキラが笑う。
「……お兄さん、だれ?」
――と、ローリエがイツキの方を見て首を傾げた。
「ああ、」
アザレアがニコッと彼女に笑いかける。
「この人は、新しくワタクシたちの仲間になった人ですわ」
「そうそう!……おい、自己紹介しろよっ」
アキラに横目で睨まれて、イツキはその小さな少女を見下ろす。
「……イツキだ」
低い声でそれだけを言うイツキに、ローリエはキョトン、と目を瞬かせる。
「もー、馬鹿じゃないですの?なんて愛想のない人……」
アザレアがしゃがんだままイツキを見上げる。その視線には非難の色が混ざっていた。
「……おいイツキ。もっとこう、笑うとかさぁ……ないの?」
「んな、無茶な」
イツキが不機嫌に目を細める。しかし、
「イツキさんっていうのね!わかった、覚えたわ!」
ローリエはイツキの無愛想な顔を見て無邪気に笑う。
「……」
「わぁ!ローリエは、なんて優しい子なのかしらっ」
「良かったなあイツキ。ローリエちゃんが究極にいい子で」
「……」
アキラとアザレアに生暖かい目で見られて、イツキは無言でまた目を細めた。
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「アザレアちゃんが石炭でぇ、アキラくんは軽油ね!」
「いつもありがとっす!」
小さなエプロンを着て、ローリエは注文をとっていく。亜麻色のおさげが、元気よく揺れた。
日の当たる、窓際の四人がけのテーブル。周りを見れば、こうやって燃料補給しに来ている“兵器”がたくさんいた。
「んと……イツキさんは?」
ローリエは背伸びをして、奥に座っているイツキを見る。彼は少し考えた後、
「コーヒー、もらえるか」
ローリエを見てそう言った。
「?……コーヒーで、いいの?」
「ああ」
イツキがうなずいたので、ローリエは不思議そうな顔をしながらも、小さなメモ用紙を持って走っていった。
「……ほんとにコーヒーでいいのですの?」
イツキの向かいに座っているアザレアも、不思議そうな顔をする。
「ああ。別に、なにか食べる気分じゃない」
イツキはそう答えて、窓の外を眺めた。
「おまたせしましたぁ!」
しばらくして、ローリエが大きなお盆を運んでくる。体は小さいが、危なげないその仕草に、イツキは密かに感心した。
「アザレアちゃんの石炭と、」
彼女はアザレアの前に、皿を置く。そこには一口大にカットされた石炭が盛ってある。
「アキラくんには、けーゆ!」
アキラの前に置かれたのは、スープボウルだった。
「ありがとうなのですわ」
アザレアが微笑むと、ローリエは笑った。
「イツキさんは、コーヒー……」
と、ローリエはイツキの前にコーヒーカップを置いて、少し口ごもる。
「……どうかしたのか」
イツキは横目で彼女を見て、低い声で尋ねる。ローリエは、はっと顔を上げてイツキを見た。
「あのっ……アザレアちゃんやアキラくんの仲間なのに――イツキさんは、人間なの?」
思い切った、というように真剣な顔をするローリエ。イツキは表情を変えない。
「いや」
「じゃあ、“兵器”なの?」
「ああ」
イツキの答えに、ローリエは訝しげな顔をする。
「ほんとに?“兵器”なのに、コーヒー飲むの?」
「……」
ローリエの疑いの声に、イツキは一瞬躊躇うように黙ったが……
「……ん」
マントの襟元を寛げて、首元の“本体”を顕わにする。
「!……わあっ、宝石!」
ローリエが目を輝かせる。紅い、透明な石は、陽の光を受けて輝いた。
「それが……イツキさんの“本体”?」
「ああ」
キラキラと光るタリスマンを、ローリエは嬉しそうに眺める。その様子に、イツキはわずかに表情を緩めた。
「俺は機械燃料じゃなくて、普通に人間の食事を摂る。……いつも、というわけではないが、覚えておいてもらえると助かる」
イツキの言葉に、ローリエは目を丸くした後、
「うん!わかりましたっ」
と、笑顔でうなずいた。