21,
小さな窓から、眩しい陽の光が差し込んでくる。
――朝……か、
腰掛けていた簡易ベッドから立ち上がって、窓の外を眺める。
部屋の外からガヤガヤと話し声が聞こえた。
「行くか……」
壁の掛け釘に掛けてあった黒いマントを手にとって、イツキはそう呟いた。
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「あ、おはようなのですわ〜」
「……おはよう」
廊下は起き出してきた“兵器”たちで賑やかだった。イツキが部屋を出ると、右隣の部屋の前にアザレアが立っている。昨日と違って、鮮やかな緑色のドレスを着ている。
「アキラ、出てきませんの。……多分寝てるのですけれど、殿方のお部屋に断りもなく入るのは、ねぇ〜」
「なんでそんなとこばっか律儀なんだよ」
イツキは呆れたように呟くと、ノックもせずにアキラの部屋を開ける。
「起きろ、駄剣」
「ん〜、誰が駄剣だ。クソ」
寝起きのアキラは非常に機嫌が悪い。ボサボサの長い髪が、あちこちに向かってハネている。
イツキはアキラに近づいていって、彼の体にかかっている布団を引っ剥がした。
「さっさと起きろ」
「っせぇ、起きてる」
ベッドの上で体を起こして、アキラはイツキを上目遣いで睨む。
「くぁあ……。つかなんだよ、“駄剣”って。センス良すぎかよ」
「くっだらねーこと言ってる暇あったら、早く着替えろ」
右手に持っていた布団を乱暴に投げ捨てて、イツキは踵を返した。
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「……よっし、起きた」
「遅いのですわ」
ようやくまともに覚醒したアキラが笑う。その様子を見て、アザレアがフンっ!と鼻を鳴らした。
細い廊下と階段をやり過ごせば、外はまごうことなき快晴だった。気持ちの良い春の風が吹く。
「まあ、飯食いに行きますか」
「……飯?」
疑問符を浮かべたイツキを、アザレアが振り返る。
「燃料ですわ。ベースの食堂で補給できますの」
その言葉に、イツキは「ああ」とうなずく。
「あの修繕師が、そんなようなこと言ってたな」
「んー、天音先生は人間ですから、人間の食べ物を食べられると思いますけど」
アザレアは苦笑する。
「ガソリンに軽油、灯油に……ああ、石炭なんて、古風なのもいますわね。そういう、ワタクシたちが補給できるような燃料を置いてくれてますの」
ちなみにワタクシは石炭ですわ。と彼女は笑う。
「人間の父娘が切り盛りしてる食堂ですの。……貴方は、なにを燃料にして動いていますの?」
アザレアの言葉に、イツキは首を傾げる。
「燃料が必要だったことがない」
予想外の返答だったのだろう。アザレアが驚いたように目を丸くする。
「そーいえば、お前がなにか燃料補給してるとこ、見たこと無いな」
「……強いて言えば、必要なのは機械燃料よりも人間の食料だな」
イツキは視線を上に向けた。
「食べないと生きられない、ってほど必要なわけじゃないけど……水とか、カロリーとか?――現身の構造が人間とほぼ同じだから」
人間より遥かに燃費はいいけどな。とイツキは呟く。
「体は人間とさして変わらない割に、睡眠も必要じゃない。疲れはするが、正直そんなに気にならない」
「それは……スゲーな」
数百年越しに知った新事実に、アキラは唖然と呟いた。
――そんな話をしている間に。
「あ、着きましたわよ」
《食堂 ひととき亭》
アザレアが指差す先には、古い看板の下がったレンガ造りの建物があった。