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「アザレアの、武器?」
――戦線歴2110年 1月15日
外では雪が降っていた。『遺物境界線』の外側の荒野は、一面白銀に染まり僅かな期間だけ息を呑むような美しさを見せる。――もちろん、そこは相変わらず死と隣り合わせの空間なのだが。
機械式暖房具の上に置かれた薬缶がシュンシュンと音を立てる。工房の温い空気の中で、ユーリは天音を見つめた。
「約束したんです。アザレアさんと」
強い意志が滲む蒼色の相貌が見つめ返してくる。今年六歳になるその少女――天音は、至って真剣な眼差しをしていた。
「別に君の好きにすればいいけど……できるの?」
「今まで勉強はしてきました。でも――正直あまり自信はありません」
誰に似たのか、プライドが高い彼女はそれ以上は言わず、察してくれと言わんばかりにしかめ面をしてふいっとそっぽを向いてしまう。笑いを堪えていることを悟られぬよう咳払いを一つすると、真面目くさった顔でユーリは首を傾げた。
「それで? だから何なの?」
「……」
唇を尖らせる天音を見て、ユーリはニヤッと微笑む。机に頬杖をついてあえて天音を見下ろすように首を傾げるその様子に、天音は彼が何を企んでいるのかをまざまざと見せつけられた。
「天音? つまり、何を言いたいのかな〜?」
「うぅ……。“師匠”に、御指南頂きたいです」
おおかた六歳の少女のものとは思えない言葉遣い。ユーリはたまらず吹き出した。
「くっ……はははっ!」
「むぅ――だから嫌だったのですっ」
ぷうっと膨れた頬にまたひとしきり笑って、ユーリは息を整えながらうなずく。
「いいよ、教えてあげる……けど、僕も武器づくりは専門外だから下手をすると天音のほうが詳しいかもしれないね」
「そんなことは……」
訝しげな表情の天音の頭を撫でて、ユーリは足元に置いてあった木のコンテナを引き寄せる。
「?」
「武器を作るのも、君が技術を身につけようとするのもいいことだと僕は思う。ただ、これから本格的に工業、更には修繕を学ぶのならば、ひとつ心に留めておいてほしいことがある」
コンテナの中には様々な大きさの歯車、ねじ。その他名前もわからないような金属部品がごちゃごちゃと詰まっている。それらを眺めてユーリは呟いた。
「部品だ。ここに入っているのはみんな、アーティファクトの修繕に使うものなんだ」
「……」
ユーリの言わんとしていることがいまいちよくわからないのか、天音は黙ったままじっとそれを見つめる。ユーリはふっと笑った。
「天音。君のことだから、僕が渡した『大陸機械史』の本はもう読んだね? 機械人形近代史――アーティファクトの修繕に関する記述を覚えているかい」
「“大戦”が終わってから、新たに作られたアーティファクトはなく……アーティファクトの修繕に使える部品も、新しく作られたものはありません」
「何故?」
「……技術が失われてしまったから」
正解だ。
満足気に微笑むとユーリは彼女の頭を撫でる。嬉しそうに顔を綻ばせる天音に、彼は更に先を続けた。
「ここにある部品たちは……壊れたアーティファクトから回収してきたものなんだ。このボーダーの外側で、僕たち人間に復讐をしようと躍起になって、その挙げ句に死んでしまった哀れなアーティファクトたちの、ね」
小さな歯車を一つつまみ出して、天音に差し出す。おずおずと小さな手に乗った歯車は、鮮やかな光沢を持っていた。
「元は生きていたんだ。意思を持って、誰かの為に戦ってきた尊い命だったんだ。だから……もし、君がこのまま修繕師として僕の後を継いでくれるんだったら、そのことを忘れないでほしい」




