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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Prequel< A>,『群青の過去』
201/476

201,

「天音ちゃん。へえ、いい名前だね」


「……ご用がおわったなら、かえってください」


 ふいっとそっぽを向く天音。茜はその仕草をしげしげと眺めている。


「なんですか! じろじろ見ないで」


「ユーリさん、子供いたんだ。似てるか似てないかで言われたら……確かに似てるなぁ」


「……」


 茜の言葉に天音は困り眉で口をつぐむ。黙り込んでしまった彼女に茜は首を傾げた。


「どうしたの……、」


「おや。茜くん」


 ふせられたその表情を覗き込もうと茜は顔を傾けたが、その瞬間後ろからかけられた声に顔を上げる。


「ユーリさん。久しぶりです」


 そこには、脱いだジャケットを腕にかけたユーリが立っていた。蒼い目が優しく細められる。茜は立ち上がった。


「ご苦労さま。いつもありがとうね……。天音、いい子にしていたかい?」


「……」


 黙ったまま大きくうなずいて、天音は茜の脇をすり抜けるとユーリの足元にすり寄る。その様子を微笑ましく眺めるユーリ。天音を不思議そうな表情でじっと見つめる茜に、彼はクスクスと笑いながら言った。


「せっかく来てくれたんだし、お茶でもどう? 茜くん、コーヒー好きだろう」



<><><>



 温かな湯気とふわりと香ばしいコーヒーの匂い。開け放しの窓から見える青空にそれらは吸い込まれていくようだ。


「……ユーリさん。いい加減部屋を片付けましょう?」


「ん? ああ、大丈夫大丈夫。ものの場所は把握しているよ」


 相も変わらずごちゃごちゃとものが片付かない部屋。いまひとつ説得力のないユーリの言葉に茜は胡乱な目をする。そんな彼を、ユーリの足元に立っている天音がキッと睨んだ。


「とうさんをそんな目で見ない!」


「あはは……まあまあ天音。そんなに目くじらを立てなくっても、僕は怒っていないだろう?」


 苦笑いするユーリ。彼を見上げると、天音は渋々といった表情でうなずく。


「いい子だ」


 頭を撫でられて満足気に目を細める彼女を見て、茜は首を傾げた。


「というか、ユーリさんって結婚してたんですね」


「……あー。いや、そうじゃあないんだよなぁ」


 足元にくっついて離れない天音を抱き上げて、ユーリは背の低いソファーに腰を下ろす。柔らかな湯気を立てるマグカップが二つ、ローテーブルに置かれた。


「はい、どうぞ」


「あ。ありがとうございます」


「……別にね、天音は僕と血が繋がった子供じゃないんだよ」


 ふうふうと熱いコーヒーを吹いていた茜は、その言葉に顔を上げる。


「え?」


「君も会ったことがあると思うけど……この子は巫剣 冬樹の娘なんだ」


 ユーリはかいつまんで今までのことを茜に話した。もちろん、彼には到底理解できない複雑な政治の話を避けて、だが。


「巫剣さんって、たまにここでお茶を飲んでいた人ですよね?」


「僕の友達だった人だ。――まあ、いろいろあるんだよ」


 一口コーヒーを啜ってユーリは微笑む。その表情がまるで泣いているように見えて、茜は思わず顔を伏せた。



「……すー、すー」


「ん?」


 沈黙が舞い降りた瞬間、ユーリは胸元から聞こえた寝息に視線を下げる。ユーリにもたれかかったまま、すっかり寝落ちてしまっている天音はまるで緊張感がない。そんな彼女を見て、ユーリは思わず笑みをこぼした。


「たとえ血が繋がっていなくても……この子は大切な僕の娘だよ」


「……」


 天音の穏やかな寝顔とユーリの表情を交互に眺めて、茜はその年頃の少年らしくニッと笑う。無垢な表情は光が当たったようにどこか眩しく見えた。


「僕、本当にユーリさんの子供なんだと思いました。そっくりですね」


「そうかなぁ。この子は、お母さんによく似ているんだけど……」


 訝しげな顔をするユーリ。茜は大きく首を振ってみせた。


「目とか髪とか、めっちゃ似てます。――あと、」


「あと?」


「笑った顔が似てます! 『本当に嬉しいんだ!』って顔してるから」


「……」


 ユーリは目を丸くする。そんなふうに考えたことが無かった。

 幼気な寝顔。寝息。ユーリは微笑んだ。


 ――似ている……か。


 外を吹く青色の風はもうすぐ、六月の雨雲を連れてこようとしていた。

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