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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Prequel< A>,『群青の過去』
200/476

200,

 ――“懐かない子猫”って……なんだ? 


 先程聞いたアキラの言葉に首を傾げながら、茜は廊下を進んでいく。

 くねくねと入り組んだ廊下と階段を通り過ぎていくと――窓がなくなりほんの僅かに薄暗くなってしまった廊下の一画に、脇に小さな金色のベルが付いた扉があった。


『リン!』


 軽やかなベルの音が廊下に反響する。その不思議な響きは中にいるこの部屋の主を呼び出すものだ。

 ――呼び出すはずなのだが


「あれ?」


 いつもと違って今日は中から返事がない。もう一度ベルを鳴らしても結果は同じ。茜はしばらく逡巡した後、そっとドアノブに手をかける。


「あ、開いてる……?」


 “首都”の『指定修繕師スペシファイ・リペアラー』であり、元元老院(セナトス)。ユーリはああ見えて非常に用心深い性格をしている。そんな彼が鍵のかけ忘れなんて。

 茜は勇気を出して、細く開けたドアから中を覗き込んだ。


 ――本当に、いないな……


 出かけているのか。本当にただの鍵のかけ忘れなのか……? なら、また明日にでも出直したほうが、



「どちらさまですか?」



「ぅわあっ!?」


 人影一つ見えない部屋。死角となった足元から聞こえた声に茜は思わず飛び上がった。


「な、なに? 誰?」


「……きいているのは、わたしです」


 飛び退ってわずかに下がった茜の目線。その先には――


「なんのご用ですか? “とうさん”は今、でかけています」


 茜の腰ほどの身長もない、小さな少女が立っていた。

 美しい白銀の髪は長く、その蒼色の目は憮然とした光を放っている。


「とう、さん?」


「そうです。――ユーリ・アクタガワは、でかけています。あなたは誰ですか?」


 幼い容姿と噛み合わない言葉遣いと高圧的な態度。茜はおずおずと彼女を見下ろす。


「えと……荷物を届けに来たんだ――来ました。あ、的場 茜といいます、僕は。えっと、工業油(グリス)と機械部品をお届けに」


「……しょうしょう、お待ちください」


 要領が悪い茜の説明にも関わらず、その少女は納得したように部屋の奥に引っ込む。茜はその後ろ姿を目で追った。


 ――猫って、もしかしてアレか……


 小さな足が二本、トコトコと床を蹴って歩く。目一杯の背伸びと伸ばされる小さな手。

 確かに、態度や仕草が猫に似ていなくもない。でもアキラが言っていたように“子猫”というよりは……


「野良猫」


「なんですか?」


 ギッと睨めつけてくる蒼い目。

 間違いない。と茜は心のなかで呟いた。


「だいきんです。とうさんが荷物をうけとるように、と」


「あ。どうも……」


 再びドアの前で茜と対峙した、少女の手が差し出される。茜はその手から紙幣を受け取ろうとして――手が届かず、コンテナを下ろすと彼女の前にしゃがみこんだ。


「ちっさ」


「……なんて失礼な。ちいさくありません」


 目の前の作り物のように小さな手に茜が思わず呟くと、その少女は鬼のような形相(少なくとも彼女はそう思っている)で茜を睨む。その低められた声に彼は苦笑した。


「いや、ごめん」


「ちいさく、ない……」


 無意識のうちに頬が膨らむ。その姿に茜は思わず吹き出した。


「ぷっ! くくくっ……」


「なにを笑っているのですか!?」


 カッと蒼い瞳が見開かれる。それにまた吹き出す茜に怒る少女。堂々巡りの末、茜が降参と言わんばかりに両手を上げた。


「くっふ……ご、ごめんて……っ」


「だから! 笑ってはだめなのですっ」


「はあ、はぁ……。はいはい。笑ってないよ〜」


 ふらふらと両手を振って、茜はほがらかに笑う。まだまだ溜飲が下がらない少女は茜を睨んだままだったが、彼はもうそれを気にもとめない。


「ねえ、君、名前なんていうの?」


「なんで、いわないといけませんか?」


「僕は名前教えただろ? フェアじゃないじゃないか」


「……」


 ニヤッと笑う茜。その少女はしばらくじっと茜を見つめていたが――やがてぽつりと呟いた。



「天音。巫剣 天音といいます」

アヤメ・アルカノス


スグル・アルカノスの妻にして《ひととき亭》のシェフ。人間の料理を作れない夫のかわりに、境界線基地(ボーダー・ベース)で働く人間たちに食事を提供している。



的場 茜


大学園(アカデミー)中等学部に通いながら家業である機械商の手伝いをしている少年。“旅商人になる”という夢のために勉強と手伝いに勤しんでいる。

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