20,
「ははっ!そう来ないと!」
言うやいなや、ゲンジはイツキに向かって勢いよく突っ込んでくる。イツキはその斧を、木刀で受け止めた。
『ミシリ……』
重さに耐えきれずに音をたてる木刀を気にも止めず、イツキは木刀を跳ね上げる。上がった斧を避けて、空いたゲンジの胴に鋭い突きを入れる。
「うおっ!」
ゲンジは、その見た目からは想像がつかないほどの素早さで木刀を避けた。
「……百年経っても、ちっとも鈍ってねーな。『死神』」
「イツキだ。あんたも、相変わらずだな」
そう言うと、今度はイツキから攻撃を繰り出す。走り込んで飛び跳ね、ゲンジの頭上から木刀を振り下ろす。木刀といえど、使う者が相当な手練ゆえ、かなりの殺傷性を持っていた。
それをゲンジが受けて、また離れて、寄って。
まるで舞を舞うかのような手合わせに、周りの“兵器”たちが感嘆の声を上げる。
「スゲー……」
「あの将軍相手に、」
アキラとアザレアも、それをただ眺めることしか出来ない。
「百年寝てても、動けるんだもんなぁ……」
「綺麗な太刀筋ですわね〜。……ワタクシも手合わせ、お願いしようかしら」
そんなことを話している間にも、両刃斧と木刀が火花を散らす。
両者の実力はほぼ互角と言ったところか。一進一退の攻防の末――
「……っ」
「……」
――不意に、ニ人がピタリと動きを止めた。
ゲンジの斧はイツキの首筋すれすれに、
イツキの木刀はゲンジの鼻先に突きつけられている。
「……っ、がっははは!」
ゲンジが斧を引っ込めて、大口を開けて笑う。その顔は清々しかった。
「いや〜、どれだけ頑張っても相打ちが限界かぁ」
イツキはその笑顔を見て呆れた顔をする。
「ったく……。相変わらずの馬鹿力だな」
ボロボロになった木刀を振って、イツキはため息をつく。
「すまんすまん。本気で当たっても死なない奴が来たから……つい、な」
ニイっと笑って、ゲンジは両刃斧を担ぐ。
「“大戦”の時は北方軍だったわけだが……今じゃもう、味方ってわけだ。よろしくなぁ!『死神』……いや、イツキ」
ゲンジの大声に、イツキは横目で彼を見て、
「ああ」
とだけ答えた。
「……ゲンジ!これは何の騒ぎだ?」
「げぇ、面倒なのがきた……」
イツキが木刀のささくれを眺めていると、不意に後ろから声が聞こえた。ボーダーの中から現れたその人物を見て、ゲンジが苦々しい顔をする。
「罵声が聞こえなくなった思ったら、今度は凄まじい轟音が聞こえてきたから見に来たら……どういう状態だこれは」
その人物は、燕尾服を着た痩躯の男だった。歳はイツキたちとあまり変わらなそうに見えるが、厳格そうな険しい顔つきが、なんというか……ジジくさい。
片眼鏡越しに、細い緑色の目がゲンジを見据える。
「やあ〜それがなぁ、ローレン、」
ゲンジはイツキの隣に並ぶ。ローレンと呼ばれた青年の目が、心持ち大きくなる。
「ほれ、あの北方軍の『死神』。イツキっていうんだが……こいつが新しい戦力として加わってくれるそうだぞ!」
ゲンジの隣で、相変わらずの仏頂面を見せるイツキを見て、ローレンは得心したようにうなずく。
「なるほど……それは、ゲンジが迷惑をかけたようで、」
「……おい、ローレン、」
「ああ。全然気にしていない。よくやられてたから」
「っ、おい……」
ローレンはゲンジの反論を無視して、イツキに気の毒そうな目を向ける。イツキは涼しい顔で答えた。
「ああ、挨拶が遅れましたね。『Ⅰ型』アーティファクトの、ローレンスといいます」
「イツキだ」
ご丁寧にどうも。と呟くイツキに、ローレンスは目を細める。
「あなたが……あの『死神』ですか。お噂はかねがね」
「……ああそう」
そっけない態度のイツキに、ローレンスはふっと笑って、ゲンジに目を向ける。
「それで、ゲンジから見るとどうなんですか?」
「ああ……。やっぱ、あれだな、」
ゲンジはイツキをちらりと見て言う。
「先行部隊の方に入ってもらいたいが……どうだ?」
「別に、構わないぞ」
「ふふ、頼もしいですね……。よろしくお願いしますよ、イツキ」
「ああ」
また、そっけなく答えるイツキに、ローレンスとゲンジが笑う。
――『遺物境界線』に切り取られた丸い空には、星が瞬いていた。