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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Prequel< A>,『群青の過去』
199/476

199,

<><><>



「ふん、ふふ〜ん」


 陽気な鼻歌が闊歩する。変声期に一歩足を踏み入れた僅かに掠れる声。ゴトゴトとくぐもった音を立てる荷車を引いて、彼は石畳の道を歩いていた。


 ――戦線歴2108年 5月30日

 よく晴れた壁外地区の街並みを後ろに、彼は目的の場所――境界線基地(ボーダー・ベース)にたどり着く。“兵器”の一人が彼に気づいて大きく手を振った。


「よう、(あかね)くん! 今日は学校お休みかい?」


「はい。いい天気ですね、今日も」


「もうじき『地脈の涙』の時期になる。濡れて風邪をひかないように気をつけろよ」


 “兵器”の言葉に、茜と呼ばれた少年は笑ってうなずく。


「ありがとう」


 手を振ってその場を離れ、ボーダーに沿って暫く進む。高い壁のあちらこちらで“兵器”たちが忙しなく走り回っている。

 ――荷車の行く道が石畳から砂利道に変わった頃、目の前に洒落たレンガ造りの建物が現れた。


「あら茜くん。おはよう」


「アヤメさん……おはようございます」


 物干しロープにかかった白い洗濯物。その隙間から若い女が顔を出す。茜は目を丸くした。


「大丈夫なんですか? 起きていて。この前は具合が悪かったって……」


「うふふ、もう大丈夫。ちょっと調子が悪かっただけなの。――心配してくれてありがとう」


 アヤメは微笑む。空になった洗濯かごを抱えて茜に歩み寄ってくると彼を見つめた。


「今日はどんなご用事?」


「注文されてた燃料類の納品に来ました。スグルさんいますか」


「あら。ええ、中にいるわ。――まったく、あの人ったら……茜くんが来てくれるなら言ってくれれば良かったのに」


 アヤメは苦笑して《ひととき亭》のドアを開ける。茜はその後を荷物を詰めたコンテナを抱えてついていった。


「あなた。茜くんが来てくれたわよ」


「あ! ごめん茜くん、僕すっかり……」


 食堂の奥。夢中になって作業をしていたその男は、アヤメの声に慌てて振り返る。


「こんにちはスグルさん。いつものです」


「いつもありがとうございます。お休みなのにありがとうね」


 受け取ったコンテナを置いてスグルは笑う。茜は差し出された代金を受け取って頭を下げた。


「こちらこそ、ありがとうございます。どうか今後ともご贔屓に」


「あはは! すっかり商人の顔ですね、茜くん」


 柔らかく目を細めてスグルは茜を眺める。アヤメがその隣でにこにこと笑った。


「茜くんお昼まだでしょう? 作るから、もしよかったら食べて行って」


「え、いいんですか? 僕、ミートパイが食べたいです!」


「あら、急に可愛い男の子になっちゃった。ふふ、茜くんらしいわ〜」


 揃って作業場を出ていく茜とアヤメ。その後ろ姿を眺めて、スグルは薄汚れたエプロンを外した。



<><><>



「あれ? 茜じゃんか。どこ行くの〜?」


 要望通りアヤメにミートパイを振る舞ってもらい、茜は引き続き配達をするためにベースの中を歩いていた。コンテナを抱えて何回も何回も通った廊下。どれだけ迷路のように入り組んでいても、もう彼は道に迷わない。


「アキラ! 久しぶり」


「よ! 最近見ないなーって思ってたから、元気そうで良かった」


 にぱーっと輝く笑顔。長い髪をなびかせて、アキラは茜に手を振る。


「しばらくこっちへの配達がなかったから。それに、学校もあるし。……今からユーリさんのところに行くんだ。今日、いるかな」


「いるんじゃないか? 今日は姿を見ていないし。や〜、平和っていいなぁ」


 のんびりとそう言ってアキラは窓の外を眺める。よく晴れ渡った青空。茜は荷物を持ち直した。


「そっか、ありがとう。じゃあ行くね」


「おう。――あ、そーだ茜、」


 再び歩き始めた茜をアキラが呼び止める。振り返るとどこかいたずらっぽい金色の瞳と目が合う。


「先生の工房に入るときは気をつけろよ。最近、懐かない子猫(・・・・・・)が棲み着いているんだ」

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