198,
「こんなところで……寒くない?」
「……なんで」
天音の問いにユーリは微笑む。
「君の力はわかりやすい。近づいたら思ったよりも簡単に見つかった」
ユーリは天音に近づいて彼女の前にしゃがみ込む。ビクッと体を震わせた天音は、静かに頭を撫でられる感触に恐る恐る顔を上げた。
「おこって、ますか……?」
「ん、僕が? なんで?」
どこか可笑しそうに首を傾げるユーリ。しかし、天音はその声色の明るさに気づくことができなかったようだ。
「かってに、出ていきました」
「いいよ。僕は外に出てちゃいけないなんて言っていないし」
「でも、叔母様たちは出ちゃいけないっていっていました」
「分家の人たちのこと?」
天音はうなずく。カタカタと小さく震えるその手に、その声に。ユーリは天音が彼らにどんな風に扱われていたのかを悟った。
「僕はあの人達じゃない。――どんなことをされたのかは知らないけど、あんな奴らと僕は違う。あんなの、忘れていいよ」
「……」
困惑したように天音は眉を寄せる。ユーリはそんな彼女の頭をまたくしゃくしゃと撫でた。彼女を不安にさせてしまわないように、何でも無いことのように彼はほがらかに笑う。
「ああ、そうだ。アザレアが君にごめんねって。怖がらせちゃったって謝っていたよ?」
「っ!? ちが、う」
しかし、そんな彼の配慮とは裏腹に天音はひどく焦燥を滲ませた表情でユーリを見上げた。
「?」
「あのひとの――あのひとのせいじゃないんです! わたしが……いけないん、です」
呆れるほどの恐怖を抱え込んだ蒼い瞳。潤んだそれにユーリは言葉を忘れる。天音はわたわたと手を振って必死にユーリに話しかけた。
「わたしが、ちゃんとできないから。わたしが“出来損ない”だから。――わたしが、あのひとを……こわがらせ、ちゃったか、ら……」
「……天音ちゃん」
明らかにパニックを起こした様子の天音。ユーリは彼女をそっと抱き上げる。ガタガタと震える背中を宥めるように撫でてやると、天音はふるふると首を横に振った。
「ごめん、なさい……っ」
「君は悪くない」
ユーリは天音の顔を上向かせるとじっとその目を見つめる。血は繋がっていないのに、瓜二つな蒼い視線がぶつかって溶け合った。
「君がちゃんとしていない? 出来損ない? ……まったく。分家の愚か者たちは今まで何を見てきたのか」
「……?」
あっけにとられる彼女の髪を梳いて、ユーリは笑う。その優しい笑顔に天音は吸い寄せられるような気分になった。
「怖い思いをして、それでも赤の他人のことを気にかけてやれる君が、出来損ないなわけないだろう? えらいなぁ、君は」
「え、らい?」
ぱちぱちと瞬きをする。ユーリは深くうなずいた。
「えらい。どれだけ褒めても褒め足りないなぁ。――えらいよ、天音」
――『えらいな、天音は』
「おとう、さま……?」
うるんだ蒼い目から涙がこぼれ落ちる。ユーリは苦笑する。
彼女が今見ているのは、ユーリの姿ではないのだろう。
――冬樹。君は……
本当に大馬鹿者だ。
こんなにも君のことを好いて、こんなにも君を恋しがって泣く小さな少女を――君は“首都”の平和のためだけに、置いて逝ってしまった。
「戻ろうか、天音。ここは寒いよ」
「やぁ……」
天音を離して立ち上がろうとしたユーリに、彼女はぎゅっとしがみつく。
必死に力を込める小さな手。首筋に触れる柔らかい白銀の髪。
――“愛しい”って、こういう感情なのか……
激しい情動。今まで何に対しても持つことができなかった特別な感情を、この少女はいとも簡単にユーリに手渡してくれた。
「大丈夫。離さないよ。――見棄てたり、しないよ」
――今更、そんなことができるものか
天音を抱き上げて暗い部屋から出ていく。その柔らかな重みに、ユーリはただ静かに微笑んだ。




