197,
「天音ちゃん!?」
開いたドアから廊下に飛び出す。のんびりと歩いていく“兵器”たちの群れの中に、ユーリは彼女を見失った。
「ご……ごめんなさい、先生」
「アザレア……」
ユーリが振り返ると、右手を胸の前に抱えて困ったように眉を寄せたアザレアが立っていた。
「あんなに、怖がらせてしまうなんて……ワタクシ、」
「いや。アザレアは悪くない。まあ、多少遠慮が足りなかったとは言えるけど」
廊下を歩く“兵器”たちが不思議そうな顔でユーリとアザレアを見る。ユーリはひとまずドアを閉めてアザレアに向き直った。
「身体、大丈夫だった?」
「ええ。――あれは、一体何だったんですの?」
天音に伸ばした右手をさすりながらアザレアは首を傾げる。ユーリは頬を掻いた。
「恐らく、“精霊の加護”だと思う」
「プロテクションって、『Ⅲ型』アーティファクトの? ……だって、あの子は人間ですわ」
「うん。でも、ここまで“兵器”に対して効力がある能力なんて、プロテクション以外考えられないんだ」
――今のではっきりした
人間とは思えない不思議な力。独特な圧力。何より――機械に対して著しく効力を発揮する能力。典型的なプロテクションの特徴だ。
「あの子は人間。でも――あれはどう考えたって……」
「先生。まずはあの子を探しに行かないと」
はっと顔を上げ、ユーリは口元に手を当てる。
「……そうだね。考え事なんて、してる場合じゃないな。とりあえず脚見せて、先に君の修繕だけしちゃうから」
「え、こんなの気にせずに探しに……、」
「戦えないでしょ? これじゃあ。いつ戦闘が起こるかわからないんだ。こっちが優先だよ」
アザレアをソファーに座らせるユーリ。アザレアは不安そうな表情を浮かべながらも素直に従う。
仕事中のユーリらしい無表情からは、彼が今何を考えているのかを読み取ることはできなかった。
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「……」
誰もいない部屋。締め切られたカーテンの隙間から漏れる光の中、埃がゆったりと舞っているのが見える。白い布をかけられた家具の隙間で天音は小さくうずくまっていた。
「……」
思い出すのはのばされる手の恐ろしさと――怯えた表情で固まってしまった“兵器”の姿だった。
怖かったから、これは正当な防衛。正しいこと。そう、思っているのに
――あのひとも、怖がっていた……
心のどこかに胸を焼くような罪悪感がわだかまっていて――それが、とある記憶を天音の心の底から引っ張り出してくる。
――『この出来損ないが。お前のせいで、気が狂いそうだ!』
「ご、めんなさい……」
記憶の中の振り上げられる拳を思い出して、天音は咄嗟に両手で耳を塞いで目を閉じた。
廊下を行き来する足音。賑やかな話し声。誘発された記憶と混じり合ったそれは天音の恐怖を増幅させる。まるで本物みたいな過去の幻覚が天音を追い立てた。
「ごめんなさい、わたしが、わたしのせいで……」
また怒られる。また嫌われる。また見棄てられる……
また誰かを傷つけてしまう。
『天音ちゃん?』
「っ!?」
外の喧騒。その平坦さを引き裂いて聞き馴染んだ声が天音の名前を呼んだ。天音の目の前にいた悪夢はふっと消えてなくなってしまう。
ドアノブを回す音に思わず天音が身構えると、細く扉が開き――
「ああ、いた。探したよ」
僅かに息を弾ませてこちらを見つめるユーリが立っていた。扉が開いたせいか喧騒が大きく聞こえる。
「っ……ぁ」
「――そんなに怖がらないでよ。僕は何もしないって」
苦笑しながらユーリは手近にあった機械ランプを灯す。
彼が扉を閉めると喧騒が遠のいた。
 




