193,
「何かあったの?」
「はっ! ユーリ様……」
目当ての部屋の前には、多くの役人たちが集まっていた。ユーリが声をかけると、役人の一人が振り返る。
「それが……」
もう一度振り返ったその男の視線の先をたどると――数人の役人たちが入り口のドアをこじ開けようと躍起になっている様子が見えた。
しかし、
『来ないでっ!!』
次の瞬間、ドアの向こうから高い叫び声が聞こえ弾かれるように役人たちは後ろに仰け反る。キーンと頭に響くその声に、ユーリたちは耳をふさいだ。
「――ご覧の通り、中に入れないのです。捜索していないのは後この部屋だけなんですが……」
「やれやれ……」
ユーリは苦笑する。ドアの向こうでたくさんの人間を前にパニックになっている小さな人影が見えるようだった。
「あの子もあの子だが……君たちも良くないよ? 強引に押し入ろうとしたでしょ」
「え? ええ……しかし、」
「中にいるのは、まだほんの幼い子供だよ? あまりいじめてやるな」
ユーリはそう言ってドアの前に歩み寄る。人を寄せ付けないあの圧力は、初めてここに来たときと同じだった。
「天音ちゃん?」
『……!?』
ドアの周りに集まっている役人たちを下がらせ、ユーリはドアの向こうに話しかける。僅かに空気が弛んだ。
「ごめんね。たくさん人がいて怖かったよな」
『……こ、ないで』
震える弱々しい声。ユーリは微笑むと、目線で役人たちにここを立ち去るように指示する。
静かにドアに手を当てると、小さく息を呑む音が聞こえた。
『さわらないでっ!』
「他の人には出て行ってもらったから、今は僕一人だ。出てきてくれる?」
『……』
途端にしんと静まり返ってしまう。ユーリは前と同じようにドアの脇に座り込んで気長に待つことにした。
廊下の柱時計の秒針だけがただ音を立てる。
『カチ、カチ……』
「ねえ、天音ちゃん」
『……』
しばらくして、ユーリはぽつりと呟く。天音からの返事はないが、じっと潜められたその気配は、ユーリの言葉に耳を傾けていた。
「もし……もし、冬樹の代わりに、僕が君の“お父さん”になりたいって言ったら、嫌?」
『?』
身じろぎの音。気配がこちらを向いたような気がして、ユーリは微笑んだ。
「僕ね、境界線基地……『遺物境界線』の中に住んでいるんだ。もし他に行くところが無いようだったら、僕と一緒に来ない?」
返事はないがユーリは言葉を続ける。
「もちろん、衣食住……ああ、言葉が難しいな。着るものも食べるものも、全部僕が用意する。欲しい物があれば言ってくれればいいし、なんだって好きなことをさせてあげる。少なくとも、僕が生きてる間は責任を持って面倒を見るよ?」
どう?
ユーリはドアを見る。すると、
『ガチャリ……』
ドアが細く開いて――中から柔らかな銀髪と、蒼色の瞳が覗いた。
「見返りはなんですか?」
「……え?」
細い声が紡いだ言葉に、ユーリは首を傾げる。天音の蒼色の目が静かに細められた。
「ほどこしには“相応の対価”がひつようです。――要求はなんですか?」
「はえ?」
思わず間の抜けた声を上げてじっと天音を見つめるが――彼女の瞳はひどく真剣だった。ユーリは困ったように首を傾げる。
「見返りって……そんなもの、いらないよ」
「……うそです」
天音の目がぎゅっとユーリを睨め上げる。そこに浮かぶ猜疑にユーリは僅かに息を呑んだ。




