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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Prequel< A>,『群青の過去』
188/476

188,

「……おい、ユーリ」


「んえ?」


 突然肩を叩かれる感触とともに、意識が浮上する。

 執務室のデスク。振り返ると苦々しい表情を浮かべるヨシュアが立っていた。


「なに? どうした……」


「寝不足だろ、お前。さっきから座ったままウトウトしやがって」


 呆れたようなヨシュアの言葉に、ユーリは両手で顔を覆って息を吐き出す。


「……最近、あんまり寝ていないのは認める」


「今日はもう帰れ。さっさと休んだほうがいい」


 俺も今日は上がるぞ。

 そう言って資料を棚に戻すヨシュアをぼんやりと眺めて、ユーリは大きく伸びをした。


「巫剣分家に行く約束をしている」


「お前なぁ……そんなだから寝不足になるんだ。また例の娘か」


「うん。今夜なら家の人たちは社交に出るからって、冬馬くんが」


 天音のあの力の正体について知りたいという好奇心と、親友の娘ともっと話がしてみたいという気持ち。よくわからない感情に急き立てられて、あれからユーリは暇を見つけては天音に会いに行っていた。


「まあ、巫剣の娘が気になるのはわかるが――そこまで入れ込むことか?」


「正直僕にもよくわからない。けど、」


 ――あの少女の心を開いてみたい


 他人との会話も付き合いも、アーティファクトの研究に比べればなんともつまらないもので興味がない。そんなユーリだったが――なぜだか、天音のことは気になって仕方がない。

 両親を失った哀れな少女に対する同情。家族と離れ離れになった姿が、他人との関わりが嫌いなその様子が、どこか自分と似ている。


「……まあ、今日はできるだけ早く帰るよ。心配かけてごめん」


「あと少しで五十嵐を訴えられるんだ。頼むから倒れてくれるなよ」


 ヨシュアの声を背に、ユーリは笑って執務室を後にした。



<><><>



「どうぞ。懲りないですね、あんなに拒絶されているのに」


 いつものようにドアの前に着くと、冬馬は苦笑する。


「最近はそうでもない気がするんだよなぁ……。ありがとう、付き合ってくれて」


「……別に。貴方の機嫌を損ねるようなヘマ、私はしませんから」


 ふいっとそっぽを向いて歩き去る冬馬。その後ろ姿を目で追って、ユーリはドアを叩いた。

 乾いたノック。中から僅かな物音が聞こえる。


「ふふ……こんばんは」


『……来ないで』


 低められた小さな声が返ってくる。――逆に言えば、最初の頃とは違って声を聴かせてくれるようになったのだ。それがいくらユーリを拒否する言葉だったとしても、彼にとってこれは大きな一歩と言えた。


「これ以上は近づかない。――それはそうと、今日はいい天気だったね。この部屋のすぐ下に咲いている春薔薇がすごくきれいだよ? 明日、明るくなったら見てみるといい」


『……』


 再び沈黙。しかし、ユーリがそれを気にすることはない。

 ここに来て何をするのかといえば、ただ一方的に世間話をするだけだ。幼い少女がどんなことを好むのかをよく知らないユーリは、とりとめもなくなんでもない話をする。


「いいよね、春は。暖かくてきれいで……」


 扉の向こうに語りかけながら、ユーリは扉の脇の壁に背中を預けて座り込む。扉に触れると吹き飛ばされるので、触ってしまわないように慎重に。


「ああ。そういえば冬樹も好きだったな、薔薇。――というか、花を誰かに贈るのが好きだった。僕ももらったことがあるけど、風流人だよねぇ」


『……』


 返事なんて返ってこない。何を話せば答えてくれるのか、ユーリはわからないままただ話し続ける。


「誕生日とか、大学園(アカデミー)時代は試験で満点を取ったから、なんて理由で花をくれたな。いつも白い花――なんだっけ、“ナナカマド”っていったっけ? あれを、ひと枝くれるんだ。……どういう、意味、だったんだろう……」


 ――あ、やば


 静けさと穏やかな空気に、次第に眠気が迫ってくる。ぼんやりとした意識の中、何を話したのかわからないまま、やがてユーリは眠りに引きずり込まれていった。

ナナカマド(Mountain Ash)の花言葉:『賢明』

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