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機械仕掛けの英雄譚  作者: 十六夜 秋斗
Prequel< A>,『群青の過去』
187/476

187,

 豪奢な屋敷が並ぶ大通り。ポリティクス・ツリーにほど近い一角に、巫剣分家の屋敷はあった。


「いつ見ても、大きな屋敷だよね」


「広いし部屋数が多いしで面倒です。早くこんなとこ出ていきたい」


 先輩みたいに住み込みで働ける研究所って無いのかな。

 ぶつぶつと呟きながら、冬馬は門を開けると奥へと進んでいく。そんな彼にユーリは苦笑した。


 広い玄関。廊下、応接室――

 ユーリは、以前何回か入ったことがある巫剣本家の屋敷を思い出して眉をひそめる。


「こう見ると、本家の屋敷が質素だったのか……?」


「本家の屋敷は質素だし、こっちの屋敷は豪勢すぎるんです。本来なら、本家に倣うべきだと思うんですけど……分家の人間たちは、本家を馬鹿にしすぎている」


 思い切り顔をしかめる冬馬。階段を上がり二階へ。さらに長い階段の奥へ――


「?」


 数部屋過ぎたあたりで、ユーリは違和感に気づいた。


「感じます?」


「これって……」


 冬馬はうなずく。奥へ進めば進むほど、その違和感――あのとき(・・・・)感じたのと同じ圧迫感が強まっていく。


「引き取ってから、ずっとこんな感じなんです。原因も分からなくて、分家の人間たちは気味悪がって誰も近づこうとしません。ただでさえ、あの目障りな本家の生き残りなんですし」


「誰も近づかないって……食事はどうしているんだ?」


「他に誰もやらないので、私が運んでいます。とは言っても、中に入ろうとすると全身ふっとばされるくらいの勢いで拒絶されるので、ドアの前に置いておくのが精一杯ですけど。……食欲が無いのか、いつも半分くらい残してある皿が外に出されています」


 冬馬が足を止める。廊下の最奥。突き当たりにある観音開きの扉の前には、彼が今話した通り半分ほど食べられてそのままになった朝食が残されている。


「私は下階にいます。他の人が帰ってくる頃合いで、また呼びに来ますので」


「ああ。ありがとう」


 声を低めて礼を言うと、冬馬は朝食の盆を持って去っていく。つくづく気の利く男だ。


 ――あれだから、巫剣の人間だと名乗っても嫌われないんだろうな


 巫剣家――それも分家といえば、嫌いな『高貴なる人々(アリストクラシー)』の筆頭に挙げられる家だ。それでもなお、アカデミーにいた頃から冬馬の周りにはいつもたくさんの友人がいる。本人はそれをひどく面倒くさがっていたが――そういう性格までまるごと、愛する人間は多い。



「……」


 ユーリは静かに扉に近づくと、数回ノックする。


『コンコン、』


 乾いた音が響く。中からはなんの物音もしなかった。


「巫剣……天音、ちゃん?」


 呼びなれない名前を呼ぶと、ほんの僅かに圧迫感が強まる。ユーリは少し苦しげに眉を寄せた。


「はじめまして。僕はユーリだ。ユーリ・アクタガワ。……冬樹――君のお父さんの友達」


『……』


 耳を澄ませると、小さく身じろぎをする音が聞こえる。子供との接し方なんてよくわからないが――ユーリは努めてにこやかに言葉を続けた。


「君と話がしたくて来たんだ。……君を傷つけたり、嫌がることをしたりしないから、開けてくれない?」


『……』


 沈黙。ぴくりとも動かない空気に、ユーリは思わず扉の表面に手を当てる。

 その瞬間だった。



『近づかないで!』



「っ!?」


 細い叫び声とともに、目の前の空気が破裂したような衝撃に押される。後ろに倒れ、そのまま尻餅をつくと廊下に大きな音が響いた。


「いって……」


「先輩!?」


 すぐに階段を駆け上がる音とともに冬馬が現れる。廊下の床に座り込んだままのユーリに慌てて駆け寄ると、焦燥を滲ませた声で問いかけた。


「大丈夫ですか? すごい音でしたけど……」


「平気平気、このくらい」


 にへらと笑って立ち上がると、ユーリは扉を見つめる。その表情はどこか残念そうだった。


「嫌われちゃった、かなぁ」


「嫌うもなにも……人間全てを嫌っているようなものですから」


 呆れたような冬馬の言葉に、ユーリは苦笑する。

 ――扉は依然として固く閉ざされたままだった。

巫剣 冬馬


巫剣分家の血を引く『高貴なる人々(アリストクラシー)』で、ユーリの後輩。面倒くさがりな性格だが面倒見が良く、ユーリも特別かわいがっている。

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