184,
「首都中枢塔内部のこと、か。――正直、生きて完璧にやり通せる気がしないな」
冬樹の処刑があってから、五十嵐は元老院の統制を強めている。いつ、誰が、どこで反逆者扱いされてもおかしくないのだ。
「ああ。僕たちがこの件について動くのは、リスキー過ぎる。これで死んだら、今まで冬樹が積み上げてきたものが無駄になるだけじゃない。――また、世界を巻き込む戦争が起こる」
「じゃあ、」
どうすればいいんだ?
ヨシュアは困惑したように首をかしげる。
その時、その疑問を遮るように執務室の扉をノックする音が部屋中に響いた。
「ちょうどいいタイミングだな……」
「?」
扉を開けるユーリの肩越しに、ヨシュアはその人物を見る。
――そこにいたのは、首都中枢塔で働く公務員の制服を着た女だった。渋い藍色の軍服をきっちりと着こなした彼女は無表情のままユーリを見上げる。
「来てくれてありがとう」
ユーリの言葉に、女は右手を胸に当てて一礼する。
「こちらこそ、お呼びいただきありがとうございます」
廊下に誰もいないことを確認して、女は後ろ手に扉を閉める。ヨシュアはその見覚えのない顔に、更に首を傾げることになった。
「見慣れない顔だが……?」
「ええ、そうでしょうね」
つれない声色。後ろで結えられた長い髪が揺れる。
「首都特殊諜報部隊、第一班――通称“影”所属。双葉 泉と申します」
「“影”、だと……?」
首都特殊諜報部隊とは、外部のアーティファクトや他の都市を探るために五十嵐が組織した、いわばスパイ部隊だ。その中でも“影”と呼ばれる班は、エリートが集まる最も重要な組織。ヨシュアは何事かとユーリを見つめる。
「双葉さんに、僕らの代わりに情報収集を頼もうと思って呼んだんだ。僕たちが直接動くより、彼女にやってもらったほうが情報も安全だし」
「いや……そりゃあ、情報を集めることに関してはプロだろうが……」
ヨシュアは双葉を眺める。童顔なのか何なのか、どう見ても二十代前半くらいにしか見えない顔と体躯。何を考えているのかわからない、能面のような表情。
「大丈夫、なのか?」
「若いけど腕は確かだ。そうでしょう? 双葉さん」
「……一応、“影”の副班長を務めさせて頂いております。ご期待に沿えるよう全力は尽くしますが」
首を傾げるユーリと双葉に、ヨシュアは首を横に振る。
「そうじゃない。――信用できるのか、と聞いている」
首都特殊諜報部隊は五十嵐直属の組織だ。五十嵐がこちらの動きに気づいてスパイを送り込んできた。ということも十分にありえる。
――もし仮に、双葉を通して五十嵐に情報が渡ったら?
言外に含まれたヨシュアの懸念に、ユーリは苦笑した。
「……笑っている場合か」
「すまない。でも、大丈夫だ。双葉さんは裏切りなんてしない」
そもそも、裏切るつもりなら最初からこんなリスキーな仕事は受けないよ。
ユーリの言葉に、ヨシュアはまだ腑に落ちないように眉をしかめて見せる。
「いや、しかし……、」
「ご安心ください。情報を外部に漏らすことは、万が一にもありえませんので」
しかし、彼のその心配に答えたのは、他でもないその心配の種である双葉だった。
「どうして、そう言い切れる?」
「……私も、五十嵐様にはもう見切りをつけておりますので」
能面の眉がほんの僅かに動いて寄せられる。ヨシュアの疑問に先回りするかのように、ユーリは言葉を続けた。
「双葉さんは――レイナさんの、大学園時代の同級生なんだ」