18,
「じゃあ……世話になった」
フードを被って、イツキは天音を振り返る。
「何言ってるんですか?」
天音の言葉に、イツキは驚いたように顔を上げる。
「“兵器”として働くなら、世話になるのはこれからですよ?……損傷したら、早めにきてくださいね」
真剣な顔をしてイツキを見上げる天音。彼はうなずく。
「ああ、そうだ」
すると不意に天音は、何かを思い出したように呟く。
「っ!」
「修繕じゃなくても、あなたは来てもいいですからね?」
天音は突然、ぐいっとイツキに近づいて、背伸びをして彼の顔を覗き込んだ。その顔はニッコリと笑っている。
「……なんでだ」
「ふふっ……決まってるじゃないですか、」
天音はイツキの胸に手を当てる。
「まだ十分、現身を触ったり撫で回したりさせて貰ってません」
「……キモ」
甘い声で囁く天音に、イツキは思わず彼女の手を掴んで引っ剥がす。
後ろで、アキラとアザレアが息を呑む音が聞こえたが……イツキはそれどころではない。
「なので、いつでもいらしてくださいね!」
優しく微笑む天音の声は、そこ抜けて明るかった。
「……遠慮させてもらう」
少なくとも、用事がないうちは絶対にここには来ない。イツキは固く心に誓った。
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不満げな顔をする天音を置いて部屋を出ると、廊下にはランプの明かりが点っている。
細長い窓の向こうには、星が瞬いていた。
「……先生の噂、マジだったんだ」
ふと、アキラがイツキを見る。
「何が」
「天音先生が“精霊の加護”を持ってるって話ですわ……。先生、貴方に触ってたではありませんか」
アザレアの言葉に、イツキはうなずく。
「らしいな」
そのまま、三人連れ立って細い廊下を歩き始める。
――境界線基地とは、“首都”の一番外側を囲う巨大な壁、『遺物境界線』の内部、あるいはその足元に設置された防衛拠点の総称だ。
「……今ここで働いている“兵器”は四十五名――ああ、イツキを含めるとすれば、四十六名ですか」
アザレアはイツキの前を歩く。その金色の髪に、機械ランプの明かりが反射した。
「『人工遺物』というのは“大戦”終戦までに作られた、命を持った機械のことですが……ここで働いている“兵器”たちは、『第二次機械戦争』中、それも終盤で作られた子たちがほとんどなのですわ」
「しかも、量産型の『Ⅰ型』兵器がほとんどなんだよな〜」
イツキの隣を歩くアキラが、グーッと伸びをした。
「たくさん作られるだけ作られて、戦闘経験が無い奴がほとんどでさ。俺とかアザレアとか、お前みたいな手練って、そう多くないんだ」
階段を下りると、外へと続くアーチ状の出入り口があった。賑やかな声が聞こえる。
「……修練場、的な?」
そこから見える光景に、イツキが呟く。アザレアが大きくうなずいた。
『おっっらぁーーー貴様らっ!!チンタラ動くんじゃねぇ、走れっっっっっっ!!』
外に出ると、賑やかとは到底言えない罵声と、その罵声の主に蹴りを入れられる“兵器”たちがいた。
「……なんか凄いのがいる」
イツキが顔色ひとつ変えずに呟く。アキラは口元を歪めた。
「あれが、ベースの鬼将軍だ」