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予想はできていた。
いくら天音とて、生まれつき修繕師だったわけではない。両親を亡くした彼女を育て、その技術を手取り足取り教えた人物がいた、ということは今の彼女を見ていれば当たり前のことだ。
「義理の……父親」
「“養父”というよりかは、リペアの“師匠”というイメージが強かったです。……それでもまあ、あの人は自分のことを『お父様』と呼んで欲しかったみたいですけど」
天音はどこか呆れたように呟くと、再び足を進める。雨は依然として強いままだ。
「アクタガワ家は“御三家”の一角。あの人――『養父さん』は本家の末息子でした。でも、反対を押し切って境界線基地で修繕師になったせいで、実家から勘当されていたんです」
話をする天音の瞳は蒼く凪いでいる。平民に少ない碧眼は、『高貴なる人々』では当たり前のものであることを、イツキは今更思い出した。
「でも、家から縁を切られていようがなんだろうが元老院に指名されることはあります。選考基準に貴族も平民も関係ありませんから」
「そんな人間が、どうしてお前の養父に?」
イツキの問いに、天音は息を吐き出す。
「父とは――歳が離れていたものの、親友だったと聞いています」
「――親友の娘を引き取った。ということか」
イツキの呟きに天音はうなずく。
「私を引き取った後、元老院として父の代わりに五十嵐の計画を止めたんです。市民に情報公開を行い、五十嵐の権威は失墜しました。――でも、大元帥は前任者が死ぬまで代替わりできない決まりなんです。だから義父さんは五十嵐を投獄し、元老院のメンバーを総入れ替えして自分は身を引いた。それ以後、五十嵐が死に、的場さんが就任するまで大元帥が権力を持つことはなく……その空白期間のおよそ十年間、セナトスが政治の実権を握ってきたんです」
「それからは、ずっと修繕師を?」
「ええ」
不意に強い風が天音の白銀の髪を巻き上げる。それを手で押さえて彼女はイツキを見上げた。
「修繕自体はセナトスをしていた時から研究をしていたみたいです。若い時実家から追い出されて、それからはずっとベースで暮らしていたので。本当におかしな人で……今、この世界で使われているリペアの技術は、ほぼほぼ義父さんが編み出したと言っても過言ではないんです。“首都”で初めて『指定修繕師』の称号を得たのも義父さんだったし。そのくらい、ずっと熱心にアーティファクトを救うことだけを考えていた」
天音は何かを思い出したように苦笑する。その薄い笑みをイツキは見つめた。
「――そう、人間よりもアーティファクトを好く人でした。結局、何回言っても結婚もしなくて、アーティファクトのことを考えているときが一番幸せだ、みたいな顔をしていて。そんな人なのに……私のことを引き取って、修繕師として育ててくれたんです」
「なるほど。お前の変態っぷりは、養父譲りだったのか」
イツキが納得したというように言う。不服そうに蒼色の目が細まった。
「私は、あそこまでではありません。義父さんは本当に変人だったんです……」
――気がつけば、『遺物境界線』にだいぶ近いところまで歩いてきていた。町並みは消え、代わりに鮮やかに雨に濡れる緑地が広がっている。ボーダーぎりぎりまで続くこの辺り一帯の緑地は、かつて初代大元帥がボーダーやポリティクス・ツリーを建設する際に一緒に植樹を命じた場所だった。
「……墓石だらけだな」
柔らかな芝生と所々に植えられた背の高い広葉樹。それらを埋め尽くすように黒い墓碑が淡々と並んでいる。
「“大戦”戦死者。“災厄”の被害者――その他、この“首都”で亡くなった人々の大半がここに埋葬されています」
天音はそう言ってずんずん奥へと進んでいく。
ボーダーのすぐ近く。木陰にひっそりと佇む墓石の前で彼女は立ち止まった。