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「いらっしゃい――ああ、天音ちゃんか」
「お久しぶりです、双葉さん」
ゆるゆるとオレンジ色の明かりが灯った店内。奥の方から聞こえた声に天音は答える。イツキは傘を畳んでドアを閉めると店の中を見回した。
植物が生けられた大振りなバケツ。花瓶、植木鉢にテラリウム……
そういったものが、低い台の上や床の上、天井から吊るしてあるものもあって、まるで森の中にいるようだ。
――迂闊に入れないな……
大量の“命を持ったもの”に怖気づいて、イツキは戸口の前で立ち止まる。天音はそんな彼を一瞥して、しかしすぐにその意図に気づいたのか特に何も言わずに足を進める。
奥から出てきたのは背の高い女だった。
「今年もすごい雨だね。年々ひどくなる気がするわ」
エプロンの裾で濡れた手を拭きながらその女――双葉は苦笑する。天音は同意するようにうなずいた。
「毎年大変だね。ご苦労さま」
「やりたくて、やっていることですから……」
天音の言葉に双葉はただうなずくと店の奥を顎でしゃくった。
「お約束のものなら奥に。天音ちゃんがいいのを摘んできな」
「ありがとうございます」
天音はぺこりと頭を下げて、店の奥のドアの向こうへと消えた。双葉はその背中を見送ってのんびりと鼻歌を歌いながら顔をあげると――
「うぇえ!?」
戸口の前にひっそりと佇んでいたイツキの存在に気づいて素っ頓狂な声を上げる。
「びっくりしたぁ……お客様?」
「――天音の連れだ。構わなくていい」
淡々とそう答えるイツキを、双葉は物珍しそうに見る。
「天音ちゃんの……?」
フードを被った顔をよく見ようと近づく双葉に、イツキはさっと後ずさる。その動きに双葉は頬をかいた。
「ああ……ご、ごめんなさい。よく遠慮が足りないって言われるんですよねぇ」
「――はあ」
奇妙なものを見るような目でイツキは彼女を見る。しかし、双葉はそんなことも気にせずにイツキを見つめた。
「天音ちゃんとはどういう関係で……ああ! 言わなくていいです、当ててみせますからっ。こう見えても人間観察は得意でぇ……」
きらきらと目を輝かせる双葉。
「ええーっと、そうですねぇ……。あなたはズバリ、天音ちゃんの彼氏!」
「違う」
「即答っ!? ま、まあここまでは想定内ですから。じゃあ、友だち」
「――違う」
呆れたようなイツキの表情に、双葉は眉を寄せる。
「ぅええ……恋人じゃない友だちじゃない。――じゃあ、あれか。天音ちゃんの――護衛?」
「……」
イツキは黙る。意外だった。まさか、境界線基地関係者でもない一般人が、こんな正解を引き当てるとは。
「何故、そう思う?」
イツキの返答に、双葉は微笑む。
「天音ちゃんの立場は、なんとなく理解しているつもりではありますよ。やんごとなき身分の方なので」
ああ、口は堅いのでご安心を。
双葉はそう言って笑う。その表情はどこか狡猾で、イツキは彼女がただの堅気の人間では無いことに気づいた。
「天音は、あんたが知っていることを……?」
「勿論。本人から聞きましたから。なんてったって、天音ちゃんのことは、こーんなに小さい時から知っているんですよ」
右手の親指と人差し指でその小ささを示しながら、双葉は目を細めた。
「あの子の母親と、大学園の同級生だったんですよ。つっても、私は高等学部を中退してるんでアレですけど。――彼女とは仲が良かったから、自然と天音ちゃんのことは色々知ってるんですよ」
イツキはただ黙ってその話を聞いている。双葉の言葉は続いた。
「あの親にあの子あり。護衛がつくのも当たり前ってもんですよ。天音ちゃんは『高貴なる人々』のひとりなんだから」
「……は?」
双葉の言葉に、イツキは耳を疑った。