162,
わーっと歓声を上げる観客の隙間を縫って歩きながら、アザレアは笑った。
「あー! とーっても面白かったですわぁ、まさかこのワタクシがあそこまで追い詰められるなんて。次回に期待ですわね、シオン」
「う……く、悔しいかも」
ほんのり眉を寄せるシオンの頭を、アザレアは手を上げて優しく撫でる。
「今まで、ローレンスくらいしかまともに相手してなかったのだけれど……強敵が増えてしまいましたわね〜」
「――強敵?」
訝しげな表情をするシオン。アザレアの隣を歩いていたイツキが、サイスを持っているのとは逆の手でぱっとフードを払った。
「アザレアとやり合えるなら十二分に強いだろ、お前。――安心しろ、実戦でここまでのバケモノを相手にすることはまず無いから」
「んん〜? バケモノとは誰のことかしらぁ」
微笑みの影で口の端を引きつらせるアザレア。しかし、イツキは一切表情を変えないまま黒髪を掻き上げた。
「馬鹿力で血の気の多い骨董遺物とか――バケモノ以外のなんでもないな」
「っ……!? 一言も二言も多いのは、どちらなのかしらっ!」
声を荒らげるアザレアに、イツキはしらーっとしている。
客席の一番後ろにはアキラたちが待っていた。
「おつかれ! 頑張ったなぁ、シオン」
アキラが立ち上がってグシャグシャと頭を撫でると、シオンは嬉しそうに目を細める。周りを見れば、今まで遠距離武器たちにやいのやいの言っていた観客の“兵器”たちが、もう既に訓練を始めていた。
「――あいつら血気盛んすぎるだろ」
「ガーッハッハッハ! 俺も交ざってくるぞっ!」
呆れたローレンスの声に、ゲンジは豪快に笑って飛び出していく。その後ろ姿を眺めて、アザレアはため息をついた。
「馬鹿ね」
「ああまったくだ、年甲斐もなく。――それはそうと、お疲れ」
うなずいたローレンスの言葉に、アザレアは微笑む。
「あら、健闘していたのはそちらもでしてよ? だいぶ腕が上がったじゃないの、ローレンス」
「――上から目線が解せないが、褒め言葉だととっておく」
ムッとした表情に、アザレアはニヤリと口元を歪める。背丈の関係で下から覗き込むような格好になるのが、かえってその表情を悪質なものに見せた。
「年上はワタクシだし、勝ったのもワタクシですわよ〜?」
「っ。痛いところを――」
ぐっと表情を歪めるローレンスに、アザレアは声を上げて笑うとシオンとアキラをちらりと見る。
持ち前のシスコンでシオンを褒めちぎるアキラを、イツキがうざったそうに眺めている。当のシオンは、“兄”に褒められて素直に嬉しそうだ。
「――いい弓ですわぁ。腕前も集中力も、実戦で十分に役に立つ。正直、負けるかと思いましたもの」
「やっぱりあれは、賭けだったのか」
最後のアザレアがシオンの前に飛び出したあの行動をローレンスはそう評する。アザレアは眉を下げた。
「イツキがいけませんでしたわぁ、引っ掻き回してくれるんですもの。アレさえなければ、シオンが勝ってたかもしれないのに」
「そんなの、真夜中までかかるだろ試合が……。それに、この試合の勝ち負けが重要じゃないことは、君が一番良く知っている」
そうだろ? と片眉を上げるローレンスに、アザレアは一瞬黙り込んで――
「そう……そう、でしたわね」
ほんの僅かに唇の端を歪めて顔を上げた。
「勝ち負けなんか、これっぽっちも関係ない……死ぬか生きるか、死なせるか生かせるかのそれだけですもの」
「……」
ローレンスはその言葉の裏側に込められた感情に黙り込む。アザレアはふわりと笑うと、アキラたちに近づいていった。
「さあさ、《ひととき亭》にご飯でも食べに行きましょ?」
楽しげに笑う彼女の横顔を、ローレンスはじっと見つめていた。
第5章はこれで完結になります。6章は天音の過去に続く物語。引き続き応援よろしくおねがいします!




